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私
はまだ知らないのだ。君の名前すら。
けれど私は知っているよ。君のことなら何でもね。
私だけが知っている。
君は秘密めいた笑みを浮かべて言うんだろう?
―――それは内緒だよ。だって言ったら減っちゃうじゃないか。
ああそうだね。それも悪くはない。
この胸に灯った火を消さずに済むのだから。
だけど一つだけお願いがあるんだ。聞いてくれるかい? 私の名前を呼んでほしいんだよ。たった一言だけで良いから。
それが叶わないと言うのならどうか今すぐ消えてくれないか。
それが出来なければ永遠に沈黙していてくれないだろうか。
さあ、早く。
私を独りにして。
私が望むのはそれだけだ。
それだけなのにどうして分かってくれようとしないんだい? ねえ、もう止めようよ。
そんなことをしても誰も幸せになれやしないだろう? ほら、笑ってごらんよ。いつもみたいに得意げに。
その顔には見覚えがあったよ。
お前さんの顔だけは忘れなかったぜ。
あの頃の俺らは、本当にガキだったが……。
俺は今でも、あの頃を忘れてねぇんだ。
だからもう一度会えて嬉しいよ。
こんなにも嬉しく思うなんて初めてさ。
また会うことになるとは思ってたけどね! お久しぶり!元気にしてたかしら? 相変わらずみたいだけど。
そっちこそ変わらないわよね~。
お互い歳をとったはずなのに、全然変わってないもの。
それにしても随分変わったじゃない。
前はもっと小汚い感じだった気がするんだけど。
今はまるで貴族みたいな暮らしっぷりだし。
見た目だって凄いわよ? 前はいかにも盗賊って感じだったのに。
今じゃどこの貴族様かと思うくらいだもの。
それとも何か悪いものでも食べたのかしら? はぁ!?ふざけんじゃねえ!! なんでテメェなんかに命令されなくちゃいけねぇんだよ!!! オレはもう昔のオレとは違うんだぜ! そんなヤツに従うわけねーじゃねーかよ!! だいたい、オマエだって昔とは全然違うじゃねーかよ!! あの時の弱虫泣き虫おどおどしたお前はどこに行ったんだよ!! ああっ!?なんとか言ってみろよコラァ!!!……ふんっ、いいわ。
そこまで言うならやってあげようじゃないの。
えぇ、そうね。
確かに今のままだとちょっと厳しいかもしれないわね。
でも安心なさい。
あたしに任せれば大丈夫だから。
ちゃんと見ててよね。
ほら、さっさと行くわよ。
あんたみたいな奴がいるから、この世はダメになるのよ。
こんなの絶対おかしいわ。
もっとよく考えてみなさい。
あんたがやっている事はただの八つ当たりじゃない。
自分が気に入らない事に対して文句を言うなんて子供みたい。
みっともないったらないわ。
あんたのせいでどれだけ迷惑したと思ってんだ! そんな罵声を浴びて、それでもなお立ち向かうことのできる奴がいるだろうか。少なくとも俺は無理だ。だからこうして、逃げることしかできない。自分の弱さを棚上げにして他人を批判する資格などないとわかっているけれど、それでも俺にはこの生き方を変えることはできない。変わるくらいなら死んだ方がマシだとすら思う。
「……ごめんなさい」
謝っても許してもらえないことは百も承知の上で、それでも言わずにはいられなかった。ただでさえ重苦しい空気をさらに重くしてしまうだけの行為だということもよく理解している。しかし、ここで謝罪の言葉を口にしなければ、もっとひどいことになることもまた事実なのだ。
「あぁ!? 聞こえねぇよ!」
怒鳴られるのにも慣れてしまった。もうこれ以上殴られるのは嫌なので、土下座をして頭を床に押し付ける。それで済むなら安いものだ。
「すいませんでした。申し訳ありませんでした。本当に反省しています」
「…………」
「もう二度とこんなことしません。絶対に約束します。だからどうか許してくれませんでしょうか?」
「…………」
「ほら、こっち見て下さいよ! ねぇってば!」
「…………」
「なんですか? なんか言ってくださいよぉ~」
「…………」
「あぁ~そっか、そういう態度に出るんですね。わかりました」
「…………」
「じゃあそろそろいかせてもらいましょうかね」
「…………」
「あのですね――」
「…………」
「このたびはまことにご愁傷様でございます」
「…………」
「お悔やみを申し上げます」の言葉と共に差し出された花は、「彼岸桜」という名前らしい。
墓前に供えられたその花を見て、私はようやく気がついた。
「……あぁ、今日は命日なのか」
私が彼と過ごした時間はあまりに短かった。
それでも記憶の中では永遠に色鮮やかで、昨日のことのように思い出せるのだけれど―――もう二度と、会えないのかと思うと胸が締め付けられる。
「こんなことになるなんてね……」
私はそっと目を閉じて、彼に語りかけた。
『ねぇ、聞いてよ』
返事はない。ただ、風に揺れる花弁だけが音を立てている