「こ…これは…」
俺は、魔物の持ってきた熱湯を見て怖気づいた。
ドロドロとして黒いドブのような水だ。
よく考えると魔界は自然に恵まれてなく、
知能があっても手術のできる環境ではない。
それに………
「熱い…熱すぎる!」
黒い煙が出るほど熱い。
手を入れたら溶けるではないかとも思った。
先生の方を見ると
先生は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
「先生!これじゃ手術は中止です!危険すぎる。」
俺が大声で言うと、先生は手術道具を投げ出した。
「熱湯が無理なら水を持って来い。」
先生が言うと魔物はすぐに川まで駆けた。
数分もすれば、衛生的ではないけれど
冷たい水を持ってきた。
「俺が火を吹き、この水を熱する。
それで一度熱湯消毒をする。」
「その間にクルルとサーフィーは患者を運んでこい。」
先生はそう言うと『ゴォォォ』と火を吹いた。
辺りが赤色に染まり、やがて火の海となった。
俺とサーフィーも患者の対応に急ぐ。
「クルル!こっちの患者もお願い!」
「あ、分かった!」
俺は遅れて返事をすると、
魔物の患者のところまで走った。
「消毒できたぞ。約八十人を手術だ。」
先生がサッパリと言う。
「八十人?!」
サーフィーが雄叫びを上げた。
無理もない。俺も正直泣きそうだ。
目の前にある患者の行列は、アリの行列のごとくだ。
「仕方ないだろ。早くするぞ。」
「えっと……はい。」
俺は曖昧に答え、手術道具を準備した。
「鉗子」
「はい」
「電気メス」
「はい」
「骨メス」
「はい」
手術道具をサッサッサッと出し、先生に手渡す。
まずは腸あたりから鉗子を入れ
電気メスで細かいところを切る。
後に脆い骨を切断し、人工骨を使用した。
伝染病といえど骨にまで影響が出るとは怖いものだ。
「ケレドナリンD」
「なんですか?それ。」
「そこにある茶色の瓶だ。炎症を抑える効果がある。」
「へぇ…そうなんですねぇ〜はい。」
俺が手渡すと先生は
どっぷりと薬を切り口につけた。
赤に近い茶色の液体が瓶から溢れる。
「縫合」
先生はそう言い、持針器で縫合した。
けれど…まだ一人目。八十人には程遠い。
「一人終了。サーフィー、執刀しろ。」
先生の突然の言葉に呆然とした。
「え?手術なんてしたことないよ?」
サーフィーがあたふたとして言った。
すると先生は俺を見て答える。
「執刀ならクルルに聞けよ。」
「…は?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
「お前、”元”執刀医だろ?教えてやれよ。」
「えっ…と…」
「出来るだろ?」
「もう…分かりましたよ。やればいいんでしょ?」
「その調子だ。俺は一人でやるから安心しろ。」
先生がニヤリと笑って言った。
とてもじゃないが俺からしたら、とても久しぶりなもので
あれから執刀しようなんて思ったこともなかった。
「はぁ…サーフィー、こっちに来い。」
「分かった〜。」
俺は患者のところまで連れて行くと
メスを持って言った。
「サーフィー。これはメスだ。腹部を切るときに使う。」
「そして鉤で固定して鉗子などで悪化してる部分などを
切断したりする。細かいところは鉗子がやはり良い。」
俺が言うとサーフィーが首を傾げた。
「鉗子って…このハサミみたいな?」
「まぁ、そうだな。後は鑷子とかでガーゼを当てたりする。
簡単に言えばピンセットってやつ。」
説明してやると、サーフィーは納得した顔をした。
「へぇ!なるほど!」
「その他大切なのは人工心肺。
呼吸を止めたりするときに使う。麻酔器は呼吸の管理だ。」
「これ、一人二人じゃ相当きついんだぞ。管理が。」
俺がため息をつくと、サーフィーが驚いた表情をする。
「意外!兄ちゃんとクルルは簡単にしてるのに!」
「それは…その…慣れてるからな。」
隠すように俺は言って、咳払いをした。
「まぁ!先にしたほうが分かるから、切ってみろ!」
「いや…急に言われてもなぁ…」
サーフィーが引き下がる。
それにも関わらず俺は『まぁ、そう言わずに」と
コッヘルやらをサーフィーの手に持たせた。
「はい、麻酔はかけてあるから切って切って。」
「えぇ…分かったよ。」
気に食わない顔をしながらもスーーっと切った。
(やっぱり先生と血が繋がってるんだな)
切り方とか顔つきが似ていて、執刀医には中々向いている。
「はい。ペアン。」
「えーそう言われても…どうしたら?」
「囊腫を取り除く。とりあえず切れ。」
「できたな?鑷子。」
「えっと…摘めばいいの?」
「そうそう。」
「うぅ…」
サーフィーは震えながらも鑷子で囊腫を掴み、
皿に入れた。これには緊張感が走る。
「ふぅ〜これで終わり?」
「いいや?縫合しないと。」
「はい。持針器。」
俺は持針器に糸を入れ、サッと渡した。
「縫えばいいの?」
「おう。」
「分かった。」
傷口に持針器を当て、
どうにかこうにか縫合することが出来た。
俺も一安心だと息を吐く。
やはり、手術の終わったときの緊張が溶けるこの感覚は
今でも大好きだ。なんというか…たまらない。
サーフィーも少しずつ慣れ始めてきた。
俺も執刀しようかなぁと横目で先生を見る。
「先生。半分くらい縫合されてるけど、
どういうことですか?」
もう縫合され、点滴を受けている患者がズラリと並んでいた。
約四十人ほどだ。
「お前らが遅いだけだろ。」
「後はやっとけよ。もう半分なんだから。」
先生はもう手袋を外して手を洗っている。
この人の速さは異常レベルだ。
「クルル〜ペアン!」
「はーい。」
こっちの速さも中々である。
さすが恐るべし先生の弟…。
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