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#料理男子
「悪い」
「いえ、私も余計な話をしたし」
「ふ。そんな数分の差でできないでしょ。足りない足りない」
不機嫌というよりは悲し気な溜息をこぼしつつ、クローゼットからシャツを取り出し切ると眼鏡をかける。
伏し目がちな目が眼鏡の奥に見えると、小春が言っていた『ストイックで冷たい印象』の喬一さんがちらっと見えたような気がした。
「いつ帰ってくるかわからないから、ご飯は先に食べて、よく眠って良い子にしてて」
「えっと待ってたら、駄目ですか?」
玄関に向かう彼の後を、犬のようについて回る。
「それは嬉しいが、帰ってきた俺は狼かもしれないよ」
ガオっと笑って見せた彼は、そのまま頭を撫でてくれた。
「なので寝れるのは俺がいない時かもしれないから、寝ときな」
「……」
彼は甘い食べ物を作るのは苦手と言っていたけど、自分が砂糖みたいに甘い王子さまだから、共食いみたいになるから作れないのかもしれない。
そのおかげで私も甘いお菓子なんてもう食べられないほど、体中甘く満たされていた。
彼の甘い言葉は、デザート。なのに中毒になってしまった私は、デザートでは待てないと強請ってしまいそう。
消えてしまった彼の姿を見ながら、私はやる気を出すために頬を叩いて、急いでシャワーするために着替えに向かった。
*
カバンが床に落ちる音で、私の意識は目覚めた。けれど体は動かない。
「あー、もう。寝てていいって連絡しただろ」
重たい瞼が持ち上がらなくて、テーブルに突っ伏していた私は帰宅して疲れている旦那さまに抱きかかえられてしまっている。
それに気づいたのは、階段を抱きかかえられて上がっている振動だった。
「喬一さんっ」
「寝ててっていったろ。急遽夜勤になったって連絡したのに」
「……今日は休みだし、一緒にベットで寝ようと思ってわざと起きてたんです」
勇気を出して私もご飯を作ってみたいと言ってから数日。
土曜の夜に呼び出されそのまま夜勤になった彼を待っているのは実はちょっと楽しかった。
家の目と鼻の先にある職場は明かりがついていて、喬一さんが起きて仕事をしていると思ったら、なんだか眠れなくなって、ついついゲームしたりテレビを見たりして時間が経ってしまったし。
「それに、あまり仕事ばかりだと嫁が浮気するかもですよ」
「ほお。俺よりいい男?」
「……」
その自信はどこから来るんだ。
でも一応は私の要望に応えてくれるらしい。寝室ではなく、一緒にご飯を食べようと再び会談を降りてくれた。
なので彼の首に抱き着いて甘えながら、鼻を人差し指で押してみる。
「画面から出てこないけど、仕事で消えない人です」
「なんだ、ゲームか。問題ないな」
彼は私のよくしていた恋愛ゲームの対象が全員眼鏡の真面目そうなキャラだと知って、ちょっと優越感に浸っていた。
自分に似ている相手を選んでるだろ、と得意げに。
その通りだから悔しいけど、それを知ってるからゲームについては全く何も言ってこない。
といっても私も、喬一さんとの新婚生活は甘くて、ゲームはただ惰性で日々のログインボーナスのためにしている。
「今週のクリスマスは、大丈夫ですか?」
「ああ。休診日だしな、炭火焼ローストチキンを作りたくて、知り合いの店でチキンを頼んでる」
「本格的! 私、何か作りたい。サラダ?」
「生ハムきゅうり?」
「もー!」
ポカポカ叩いたところで階段を降りた彼がよろめく。
すぐに私の黒歴史を言い出すんだから、眼鏡を奪ってやった。
「サラダもいいけど、俺も何か食べてみたいなー。例えば、ケーキ」
「甘いもの、苦手じゃなかったです?」
一緒にキッチンへ行って、ご飯を温める。
今日はたけのこご飯と牛肉のしぐれ煮、人参ともやしのナムル、お花の麩を浮かべた三つ葉のお吸い物。
彼の和食は、結婚してから私の体重が増加していることからでもわかる通り、極上に美味しい。
「紗矢が作るものなら、何でも食べたいけど、ケーキは自分が作らないから特に作ってもらいたい」
「なるほど」
「でも難しいなら、買うのもいいよね。クリスマスはゆっくりしたいし」
「いいえ。作ります! いっつも美味しいご飯を作ってくれてるんだから、お礼したいです。任せてください」
胸を叩いたら少しむせたけど、喬一さんが蕩けんばかりに笑ったので、喜んでくれたようだ。
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