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第84話 〚大人が踏み出す一歩〛(担任)
職員室は、冷房の音だけが静かに響いていた。
担任は、成績表を整理する手を止め、
ふと一枚のメモに目を落とす。
――白雪 澪。
(最近、名前を見る回数が増えたな)
問題を起こしたわけじゃない。
むしろ逆だ。
真面目で、静かで、
周囲と大きな衝突もない生徒。
それなのに。
廊下で見かける視線。
昼休みの距離感。
放課後、誰かが必ず一緒にいる状況。
(……守られている?)
そう感じた瞬間、
胸の奥がざわついた。
担任は、
以前の出来事を思い出す。
放送委員の時。
花火大会前の違和感。
生徒同士の空気が、
一度、明らかに歪んだこと。
(偶然、じゃない)
生徒たちは、
何かを察して動いている。
そして――
その中心にいるのが、澪だ。
「……見過ごしすぎたかもしれないな」
担任は、そう呟いた。
大人は、
“何か起きてから”動くことが多い。
でも、
今回は違う気がした。
机の上の名簿を開き、
別の名前に指が止まる。
――西園寺 恒一。
成績は良好。
生活態度も問題なし。
教師から見れば、
“何も心配のない生徒”。
(本当に、そうか?)
担任は、静かに立ち上がった。
「念のため、だ」
誰かを疑うためじゃない。
誰かを守るため。
廊下に出ると、
夏の光が差し込んでいた。
子どもたちは、
もう、自分たちで守ろうとしている。
なら――
大人が、目を逸らすわけにはいかない。
担任は、心の中で決める。
(次に違和感を感じたら)
(……その時は、踏み込む)
それは、
大きな行動じゃない。
けれど確かに――
**“一歩目”**だった。
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