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俺は弟が羨ましかった。
幼い頃から、ずっとそう思っていたんだ。
俺、誠一と、弟の龍一は双子としてこの世に、平等に生まれ落ちた。
瓜二つとまでは言えない、二卵性双生児として。
母さんと父さん、俺と龍一、一般的な四人家族だ。
母さんは俺たちを平等に愛し、優しくしてくれる素晴らしい人。
父さんは少し傲慢で、威圧的な態度を取る人。
そんな両親の元で育っていった俺たちは、少しずつ性格が分かれていった。
小学生になった頃だろうか、俺は外で遊ぶのが好きで、よく龍一を誘った。
しかし、龍一はほとんどの誘いを断り、稀に誘いを受けた時でさえ、一緒に混ざって遊ぼうとはしなかった。
「僕はお母さんと一緒にいる」
「僕は見てる方がいい」
そうやって母さんにべったりで、友達と遊んでいるはずの俺がのけ者みたいで、内心悔しかった。
俺は、家族全員で食卓を囲んでいる時、母さんに言ってやった。
「龍一は俺と遊びたくないんだってさ」
龍一の驚く顔を見て、してやったりと心の中でにやにやしていたが、母さんの口から出たのは、期待外れの言葉だった。
「誠一、龍一の気持ちを考えてあげることも大切よ」
母さんも俺のことをのけ者にするんだ、そう叫びそうになって口をつぐんだ俺と、困った様子の龍一に、父さんが声を掛けた。
「別にいいじゃないか、誠一は男らしく友達と外で遊びなさい。龍一、少しはお前も男らしくなれ」
この時はこの言葉が、俺の心を少しだけ安堵させた。
小学校高学年になっても、俺たちの性格は正反対に分かれ続けていた。
俺はよく、父さんの部屋に入れてもらうようになった。
父さんは仕事と言いながらパソコンを見つめていて、当時の俺にはさっぱりだった。
そんなつまらない画面から目を逸らし、部屋の中を眺めていると、黒い四角いケースが埃を被っているのを見つけた。
「父さん、あれは何?」
俺の指差した方向を見るなり、父さんは眉をひそめた。
「あれはな、サックスっていう楽器だ。気になるなら、少しだけ教えてやる」
乗り気ではない父さんに、マウスピースの吹き方を教えてもらった。
「とりあえず慣れるまでそれやっとけ」
父さんは俺をほったらかしにして、パソコンの方に向き直ってしまった。
耳をつんざくような音を出していると、龍一が様子を見に来た。
「僕も、やってみたい」
父さんはため息をつきながらも、もう一つマウスピースを取り出し、龍一にも同じように教え、再びほったらかしにした。
「音、出ないね」
龍一がしゅんと呟いた。
俺がすぐに音を出せたのとは逆に、龍一は全く音が出せなかった。
中学生になり、俺たちは揃って吹奏楽部に入った。
俺はサックス、龍一はフルート。
母さんは平等に、「頑張ってね」と俺たちの頭を撫でた。
父さんは、俺だけの頭を撫でた。
「フルートなんて女々しい楽器、一人だけで充分だ」
龍一にはそう吐き捨てた。
この頃から両親の様子がおかしくなった。
母さんは、いつも父さんの顔色を窺うように怯えていた。
父さんは、そんな母さんをいつも怒鳴っていた。
それに釣られるように、俺と龍一も、部活以外で関わることがなくなった。
どうしてこうなってしまったのか、今になっても理由は分からない。
離婚という結末が訪れるのに、時間はかからなかった。
最後に四人で話したのは、親権をどうするかだった。
「僕は、お母さんについていく」
母さんの隣に座る龍一が開口一番そう言った。
「じゃあ、誠一は父さんが預かる」
父さんの言葉を否定しようとした俺より先に、母さんが口を開いた。
「それは……! 誠一も私の子供です……!」
「お前にそんな経済力があるのか? 所詮は人の金で食ってきたくせに」
「お父さん……!」
また俺だけのけ者になったような気がした。
この話を速やかに終わらせる最善策は、俺の中に既にあった。
「俺は、父さんについていく。だから話はこれで終わりにしよう」
その日のうちに、母さんと龍一は出ていった。
そこから時は経ち、俺は今、高校生だ。
家に帰れば、忌々しい父さんがいる。
「帰ったんなら、早く飯作れ」
俺は返事もせずに、スーパーで買ってきた食材で夕飯を作る。
それが俺のつまらない日常。
離婚した直後は、父さんが料理を作るわけもなく、コンビニ弁当や冷凍食品ばかりだった。
そんな父さんの様子を見かねた祖父がたまに俺を家に招き、祖母が手料理を振舞ってくれた。
「真二、ちゃんと誠一の面倒を見んか」
「親父に言われなくてもやってるって」
毎回聞こえてきたのは同じ会話。
「どうしてお前はそうなんだ」
「どうせ親父は、真一兄さんしか見てないだろ」
父さんがそれを理由に、態度を改めることはなかった。
祖父母は俺に優しかった。
会社を経営する祖父、それを支える祖母。
現在の社長は叔父さんに交代したらしいが、それでも理事長として実権を握っているらしい。
俺の楽器だって、買ってくれたのは祖父だった。
そのおかげで、俺はサックスを続けられている。
龍一は中学を転校し、それ以来会っていない。
俺と同じように、高校でも吹奏楽部で頑張っているのだろうか。
母さんとどう過ごしているのだろう。
ファミレスのバイト中、そんなことを考えていると、名前を投げかけられた。
「龍一?」
違う、これは俺の名前じゃない。
振り向いた先にいたのは、知らない制服の知らない男子高生。
「あ、すいません、人違いでした。二名でお願いします」
礼儀正しく謝ったその人たちを席に案内し、俺はまたレジに戻った。
高校生活も一年が過ぎ、父さんが家に女の人を連れてきた。
「今日からこいつも一緒に暮らす。お前も仲良くしろよ」
突然の事で理解が追い付かない。
俺が固まっていると、女の人から声を掛けてきた。
「驚いたよね。私、梅っていいます。真二さんと籍を入れたの。よろしくね」
落ち着いた口ぶりに清楚な服装、悪そうな人ではないにせよ、俺は好きになれなかった。
文句一つ言わずに、俺と父さんの身の回りの世話をする梅さん。
俺は我慢できず、思っていることを呟いた。
「あの、母さんの代わりっていうのなら、要らないっすから」
梅さんは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに小さな笑顔をこちらに向けた。
「そういうのじゃないの。ただ、真二さんのお子さんだから、大事にしたくて」
その態度も気に食わなくて、俺は質問する。
「なんで、そんな父さんに肩入れするんですか」
一呼吸置いた梅さんが話し出す。
「同じ高校の、吹奏楽部の先輩だったの。当時あまり接点はなかったけど、それでも私は先輩のことが好きだった」
それでも俺は、納得できなかった。
「俺は嫌いです、父さんのこと」
「それで、いいと思うよ」
梅さんは俺の言葉を、肯定も否定もしなかった。
とある日の、学校からの帰り道。
俺はサックスを持ち帰り、最寄りの公園で新しく買ったリードを試していた。
しかし、俺とは別に、どこかから柔らかく綺麗な、楽器の音がする。
辺りを見渡すと、視界に入ったのはフルートを吹く男子高生。
「龍一?」
俺は思わず声を掛けていた。
「もしかして、誠一?」
問いかけに応えた男子高生は間違いなく龍一だった。
俺たちは楽器そっちのけで話をした。
離婚してからの生活、父さんの再婚など。
俺が「そっちはどう?」と聞くと、龍一は重たい顔をした。
「実は、お母さん、認知症なんだ」
衝撃だった。
「嘘だろ、母さんはまだそんな歳じゃ……」
「若年性アルツハイマー型認知症っていうらしいんだけど、おじいちゃんとおばあちゃんのことも忘れちゃって、僕のことも時々曖昧になるんだ」
そう言って、龍一は一つの動画を見せてくれた。
そこに映る母さんは、俺の知っている人ではなかった。
「これ、本当なのか?」
「うん。ヘルパーさんに、記録のために撮っておくようにって言われてて、最近は症状が悪化して、ずっとこんな感じだよ」
放心状態になり、何も考えられなくなった。
「俺、何も知らなかった」
「当然だよ。僕もお父さんがどうなってるかなんて知らなかったし」
お互い黙り込み、気まずい空気が流れる。
「そ、そういえば、フルート続けてたんだな」
「誠一こそ、サックス続けてたんだね」
俺はその沈黙を破り、これからの事について話し始める。
「俺、音大に行って、本格的にサックスしようと思うんだ」
「僕も、音大でフルートを続けようと思ってる」
どうやら俺たちの進路は、同じ先に向いているようだった。
「じゃあ、また会えるな」
「そうだね」
俺たちはしばらく話し込んだ後、連絡先を交換して解散した。
俺は龍一が羨ましかった。
幼い頃からさっきまで、ずっとそう思っていたんだ。
でもその考えは、いつの間にか心の奥からすっきりなくなっていた。