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お見舞い
最終選別を終え、晴れて正式に鬼殺隊の一員となった私は、蝶屋敷に帰ってきてからしばらくは安静に過ごすようしのぶさんから言われていた。
最後に戦った鬼は本当に手強かった。
自分の血液を刃物みたいに操るもんだから、他の参加者の人たちは思い切り攻撃を食らって死んでしまったし、自分も敵を倒すまでに結構深めの傷を全身に負ってしまった。
蝶屋敷に帰ってきて、しのぶさんやカナヲちゃんたちとの感動の再会も束の間。
血を流しすぎた私に大急ぎで輸血の準備をしてくれて、なんとか一命を取り留めた。
私は、3日くらい眠りこけていたらしい。
目を覚ますと身体が重くて仕方なかった。
怪我や出血のせいで、眠っている間は高熱を出していたと、すみちゃんたちから聞いた。
帰ってきて1週間くらい経って、柱の皆さんが次々とお見舞いに来てくれた。
最初は蜜璃さん。
大粒の涙をぼろぼろと惜しげもなく流しながら力いっぱい抱き締められて、一瞬息が止まった。それを見て、珍しく慌てた様子のしのぶさんが止めに入っていた。
その時知ったけど、蜜璃さんはあの華奢な身体に常人の8倍くらいの筋力が備わっているらしい。
でも「頑張ったね!偉いよ!」と、すんごい褒めてくれて嬉しかった。
私の怪我が治ったら、蜜璃さんがまたパンケーキをごちそうするって言ってくれたから、私も彼女にスフレパンケーキを作ってあげる約束をした。
次は宇随さんと奥さん3人と煉獄さん。
私のことを地味だ地味だと言っていた宇随さんは、何だかんだ私を可愛がってくれていて。「派手に大怪我を負ったみたいだが生きて帰ってこられてよかった」と言いながら、頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。奥さんたちからも「頑張ったね!」と順番に抱き締めてもらった。
差し入れのおにぎり、すごく美味しかったな。
煉獄さんは意外にもとても静かで、こっちが心配してしまうくらいだった。でも宇随さんの奥さんたちと同じようにぎゅっと抱き締めてくれて、「君ならきっと、生きて帰ってきてくれると信じていた。最終選別突破おめでとう」と低く優しい声で囁かれて、彼の温かさに思わず泣いてしまった私。そしてそれを見て奥さんたちも貰い泣きしていた。
2日ほど間が空いて、不死川さん。
第一印象は怖そうな人だったけど、稽古をつけてもらったりして一緒に過ごすうちに、本当はとても優しい人なんだと分かった。私の作る料理やおはぎも、すごく気に入ってくれて嬉しかった。
そんな彼は、普段の暴れ馬っぷりなんて微塵にも感じさせないくらいの優しい表情で、療養中の私の頭を撫でてくれた。そして、お兄ちゃんみたい、と言う私を包み込むようにに抱き締めてくれた。
その日の夕方、伊黒さんが来てくれた。
伊黒さんは命の恩人だから、どうしても、他の柱の皆さんに対するそれとは違う、特別な感情を抱いてしまう。恋愛感情ではないけどね。
いつもネチネチした言葉を発するのに、この時だけは「よく帰ってきたな。安心した」と優しい声色で話し掛けてくれた。短い言葉だったけれど、ものすごく嬉しかった。
今度、蜜璃さんにスフレパンケーキを作るから一緒に食べに来てくださいね、と私が言ったら、「楽しみにしておく」と返してくれた。
次の日。
悲鳴嶼さんと時透さんが来てくれた。
悲鳴嶼さんは涙を流しながら、その大きく分厚い手で頭を優しく撫でてくれて。お父さんを思い出して胸が温かくなった。
時透さんは「君のことはよく覚えてないけど、鬼殺隊の一員になったんだってね。おめでとう」と言ってくれた。1度だけ稽古をつけてもらったけれど、彼はその記憶も曖昧で。でも私が弓を使うことは認識しているようだった。
その日の午後、冨岡さんが来てくれた。
「すまない、今まで任務で来られなかった。本当はすぐにでも見舞いに来たかったんだが……」
『いえ、すごく嬉しいです。忙しいのにありがとうございます』
私は冨岡さんが持たせてくれたお面を取り出す。
狐のお面には鋭いものが突き刺さったような穴が空いて、赤茶色に変色した私の血痕が残っていた。
『…冨岡さん、ごめんなさい。お守りに持たせてもらったお面、鬼との戦いでこんなになっちゃって……。炭治郎が持たせてくれたお面も継ぎ接ぎがバラバラになっちゃったし……』
私が言うと、冨岡さんは血痕のついたお面をまじまじと見て心配そうな顔をこちらに向けた。
「この血はお前のか?そしてこの刃物が刺さったような穴は?」
『はい、私の血です。敵の攻撃をお腹に受けちゃって……』
私は最後に戦った鬼のことやその血鬼術の詳細をを説明した。
「そうか……。じゃあ、俺と炭治郎が持たせた面を仕舞っていた場所を攻撃されたんだな」
『はい、この2つのお面のおかげで、お腹を貫通する事態は免れたんですけど……。すみません。お師匠様が作ってくださった大事なものなのに……』
申し訳無さでいっぱいになる。
「気にしなくていい。傷を負ったもののこの2つの面でより深く刺さるのを防げたなら、俺たちが持たせた“お守り”の役割を少しは果たせたんだろうから。……生きて帰ってきてくれて、ありがとう」
普段口数の少ない冨岡さんがいつもより多く喋ってくれる。それが私がお面のことを気にしないように気遣ってくれているのが伝わって嬉しかった。
『冨岡さん。稽古つけてもらったり、お守りを持たせてくださったり、今もこうやってお見舞いに来てくださって。すごく嬉しかったです。お礼に何か冨岡さんの好きな料理を作らせてください』
「…いいのか?…ああ、そういえば煉獄が夏目に作ってもらった料理が美味すぎると触れ回っていたな」
『なんかそうらしいですね。ありがたいことに不死川さんや宇髄家の皆さんも絶讃してくれました』
「……そしたら、お言葉に甘えて俺も作ってもらおうか……。鮭大根を頼む」
『はい!頑張って作りますね』
冨岡さんがほんの少しだけ、口角を上げて微笑んだ。
すごく優しい表情だった。
そこに炭治郎がやって来て、かけらになってしまったお面のことを謝ると、泣きながら抱きついてきて。さっき冨岡さんが言っていたことと同じような言葉を掛けてくれた。
炭治郎にも、何か好きなものを作ってごちそうしてあげたいな。
つづく