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MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
『返せ』
『私の名を』
空が。
震える。
山が。
軋む。
川面に。
無数の波紋が走った。
忘却。
その名を持つものが。
初めて。
自らの名を求めている。
「知ってる」
桔梗が言った。
声は。
震えていなかった。
「私たちは」
「お前の名前を知ってる」
佐衛門も。
黙って頷く。
だが。
桔梗は。
首を振った。
「それを呼べば」
「お前は元に戻る」
旅僧が。
眉を寄せる。
「……元に」
「最初は」
桔梗が。
空を見上げる。
「こんなものじゃなかった」
その声に。
何かを思い出すような。
遠い響きがあった。
そして。
記憶が。
開く。
遠い昔。
まだ。
二人が幼かった頃。
森の奥。
木漏れ日の中に。
小さな子供が。
一人で座っていた。
膝を抱えている。
泣いていた。
『名前がない』
『思い出せない』
桔梗が。
しゃがみ込む。
『……名前がないの?』
子供は。
泣きながら頷いた。
『分からない』
『お父さんも』
『お母さんも』
『自分のことも』
桔梗は。
少し考えた。
それから。
笑った。
『じゃあ付けよう』
『名前』
子供が。
顔を上げる。
『……いいの?』
『名前くらいなら』
隣にいた菫も。
頷いた。
『呼ぶものが無いと不便だ』
『菫』
『……何』
『もう少し言い方があるでしょ』
『事実だ』
桔梗が。
小さく笑った。
子供も。
初めて笑った。
『ありがとう』
そして。
二人を見る。
『桔梗』
『菫』
『ずっと覚えてる』
その言葉を。
二人は。
何でもないことだと思っていた。
名前を付ける。
呼ぶ。
覚えている。
それだけのこと。
けれど。
その夜から。
少しずつ。
何かが狂い始めた。
翌朝。
子供は。
自分の名前を忘れていた。
『なんだっけ』
桔梗が。
名前を呼ぶ。
けれど。
その名前だけが。
妙に遠かった。
菫も。
呼ぼうとする。
だが。
声が出ない。
舌まで。
覚えているはずなのに。
名前だけが。
抜け落ちていた。
何度思い出しても。
思い出せない。
何度呼ぼうとしても。
声にならない。
子供は。
困ったように笑った。
『変だね』
『うん』
桔梗が。
答える。
その日の夕方。
子供は。
桔梗の名前を忘れた。
翌日には。
菫の名前も。
そして。
二人と会ったことさえ。
忘れていた。
菫の顔が。
歪む。
「そんな……」
記憶の中で。
幼い菫が。
何度も名前を呼んでいる。
けれど。
呼ぶたびに。
その声が。
薄くなっていく。
やがて。
子供の姿すら。
記憶から抜け落ち始めた。
そこにいた。
はずなのに。
誰だったのか。
何という名前だったのか。
何を話したのか。
何も。
残らない。
桔梗が。
目を伏せる。
「私たちが」
「最初に名前を与えた」
「なのに」
「その名前を」
「私たちも忘れた」
佐衛門の胸が。
痛んだ。
まるで。
今も。
同じことが起きているようだった。
目の前にいる桔梗を。
また失ってしまうような。
そんな感覚。
「だから……」
桔梗が。
静かに言う。
「忘却が生まれた」
けれど。
その言葉の後。
少しだけ。
間があった。
「……そうだったんだと」
「今は思ってる」
桔梗は。
空を見る。
「最初は」
「寂しかっただけなのかもしれない」
名前を失った。
誰にも呼ばれなくなった。
自分が。
誰だったのか分からなくなった。
そして。
誰からも。
忘れられた。
その痛みだけが。
残った。
小さな影だったものが。
大きくなった。
村を覆い。
山を覆い。
やがて。
空にまで届いた。
『返せ』
忘却が。
叫ぶ。
『私の名を』
佐衛門が。
ゆっくりと前へ出る。
「分かってる」
刀を抜く。
鞘から。
刃が滑る音。
その音だけが。
妙に静かだった。
佐衛門の中に。
ひとつの名前が残っている。
まだ。
はっきりとは掴めない。
それでも。
確かに。
聞いたことがある。
忘れていたはずの名前。
「お前の名前も」
「私は覚えてる」
忘却が。
動きを止める。
巨大な目が。
佐衛門を捉える。
『……覚えている』
「ああ」
佐衛門は。
刀を構える。
「だが」
一歩。
踏み出す。
「返すだけじゃ終わらない」
『……』
「お前が奪ったものも」
「全部」
「返してもらう」
桔梗が。
少しだけ笑った。
「やっと」
「菫らしくなった」
佐衛門が。
苦笑する。
「その名前で呼ぶな」
「……どうして」
「もう」
佐衛門は。
少しだけ。
空を見上げる。
そこにいるものを。
真っ直ぐ見た。
「佐衛門でもある」
そして。
「菫でもある」
桔梗は。
何も言わなかった。
ただ。
嬉しそうに。
笑った。
その笑顔を。
佐衛門は。
今度こそ。
忘れなかった。
コメント
1件
ああ、もうもうもう…!めっちゃ良かった…(涙) 「忘却」がただの敵じゃなくて、元は名前を失った寂しい子供だったっていうのが切なすぎる。 菫が「佐衛門でもある」って言い切ったところ、めっちゃ痺れたわ。 それにしても、桔梗が「寂しかっただけなのかも」って言うシーン、ぐっときたね… タイトルの「忘却の名」、もう全部が伏線だったんだなって思うと、読み返したくなるエピソードだった🔥