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MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
忘却が。
咆哮した。
空が。
大きく裂ける。
その奥から。
無数の腕が伸びてくる。
地面を掴み。
山を掴み。
川を掴む。
世界そのものを。
引き裂こうとしていた。
鐘撞きが。
鐘木を握る。
「まだ鳴らせる」
渡守が。
川へ手を伸ばす。
「舟を出す」
黒い舟が。
水面から浮かび上がった。
墓守が笑う。
「最後くらい」
「派手にやるか」
お師さんが。
佐衛門の背を叩いた。
「行ってこい」
大きな手だった。
昔と。
何も変わらない。
佐衛門は。
一度だけ。
その手を見た。
そして。
頷く。
「……ああ」
刀を抜く。
刃が。
月明かりを拾った。
佐衛門は。
桔梗を見る。
「お前は?」
「私はここ」
桔梗が。
胸へ手を当てる。
「最後の封印だから」
「……そうか」
「うん」
桔梗は。
笑っている。
けれど。
その身体は。
もう少しずつ。
透け始めていた。
「佐衛門」
「何だ」
「ちゃんと帰ってね」
「……お前に言われるとはな」
「約束だから」
佐衛門は。
少しだけ目を細めた。
それから。
歩き出す。
その背中へ。
桔梗が声を掛けた。
「菫」
佐衛門が。
止まる。
振り返らない。
「今度は」
桔梗が。
笑う。
「忘れないでね」
佐衛門は。
しばらく黙っていた。
それから。
「……ああ」
「約束する」
そして。
走った。
忘却へ向かって。
腕が。
迫る。
佐衛門は。
一本目を斬った。
二本目。
三本目。
斬っても。
斬っても。
次が来る。
だが。
鐘が鳴った。
ゴォォォォン――。
音が。
空を震わせる。
その音に合わせるように。
遠くにあった光が。
一つ。
また一つ。
浮かび上がった。
二十四の欠片。
二十四の記憶。
そして。
二十四の名。
渡守の舟が。
川を走る。
鐘撞きが。
鐘を鳴らす。
墓守が。
伸びてきた腕を受け止める。
お師さんが。
笑った。
「馬鹿弟子」
佐衛門は。
走る。
「……聞こえてる」
「ならいい」
その声が。
背中を押した。
空が。
黒く染まる。
巨大な目が。
佐衛門を見る。
『私を』
『忘れるな』
声が。
世界を揺らす。
佐衛門は。
刀を構えた。
「忘れない」
静かな声だった。
「お前の名前も」
一歩。
「お前が居たことも」
さらに。
一歩。
「全部」
刀を。
振り下ろす。
同時に。
桔梗が。
最後の封印に手を触れた。
「これで」
静かな声。
「終わり」
光が。
走った。
空へ。
地面へ。
川へ。
そして。
佐衛門の刀へ。
一瞬。
世界が。
真っ白になった。
「またな……紫苑……」
『……名前を!』
『私の……』
忘却の声が。
遠ざかる。
最後に。
小さな声がした。
『ありがとう』
佐衛門の刀が。
止まる。
空の亀裂が。
ゆっくり閉じていく。
巨大な腕が。
消える。
目が。
閉じる。
そして。
何もなくなった。
月が戻る。
星が戻る。
風が戻る。
川が。
静かに流れている。
花が。
風に揺れた。
桔梗が。
立っている。
けれど。
その身体は。
もうほとんど透けていた。
「……終わったな」
佐衛門が。
近づく。
「うん」
桔梗は。
笑った。
「ありがとう」
「礼はいい」
「でも」
桔梗が。
佐衛門を見る。
「約束」
佐衛門は。
黙っている。
「守ってくれたね」
「ああ」
「遅かったけど」
「……うるさい」
桔梗が。
声を立てて笑った。
その笑い声が。
夜の中へ。
少しだけ響く。
「菫」
「何だ」
「もう一つ」
「……何だ」
「幸せになってね」
佐衛門は。
答えなかった。
答えられなかった。
ただ。
少しだけ。
刀の柄を握る。
「……努力する」
「うん」
桔梗は。
嬉しそうに笑った。
そして。
花びらになった。
一枚。
また一枚。
白い着物が。
花へ変わる。
黒い髪が。
風にほどける。
最後に。
笑顔だけが。
残った。
それも。
やがて。
消えた。
一枚の花びらが。
佐衛門の手のひらへ落ちる。
桔梗の花。
佐衛門は。
それを握った。
強く。
けれど。
壊さないように。
「……またな」
誰にも聞こえないほど。
小さな声だった。
旅僧は。
少し離れた場所から。
その光景を見ていた。
何も言わなかった。
今は。
何を言っても。
違う気がした。
ただ。
空を見上げる。
そこには。
もう。
巨大な目はない。
裂け目もない。
ただ。
月がある。
いつもの月だった。
「……帰りましょうか」
旅僧が言う。
佐衛門は。
しばらく空を見ていた。
「そうだな」
刀を納める。
「行くぞ」
「どこへ?」
「知らん」
「相変わらずですな」
「うるさい」
旅僧が。
笑う。
佐衛門も。
ほんの僅かに。
口元を緩めた。
二人は。
歩き出した。
もう。
追われてはいない。
忘却も。
門も。
封印も。
そこにはない。
ただ。
道がある。
その先へ。
二人は歩いていく。
風が吹く。
花が揺れる。
遠くで。
鐘が鳴った。
ゴォォォォン――。
旅僧は。
振り返らなかった。
佐衛門も。
振り返らなかった。
けれど。
佐衛門の手の中には。
一枚の花びらが残っていた。
歩くたびに。
少しずつ。
指の隙間から。
花の香りがした。
佐衛門は。
手を開かなかった。
忘れない。
それだけで。
いい。
名前が残る。
記憶が残る。
そこにいたということが。
残る。
桔梗。
菫。
そして。
紫苑。
その名前を。
佐衛門は。
忘れなかった。
誰かが覚えている限り。
消えることはない。
夜の道を。
佐衛門と旅僧は。
歩いていった。
今度は。
何も追いかけてこなかった。
コメント
1件
うわっ……第35話、めっちゃ重くて綺麗だった……。桔梗の「忘れないでね」から「幸せになってね」までの流れがもう、グッと来た。佐衛門が「努力する」って返すところも彼らしいし、最後の花びらの描写が切なくてずっと余韻が残ってる。忘却に名前があったこと、ちゃんと覚えることで終わらせたのが深いなって思った。名残惜しいけど、いい読後感です。お疲れさまでした、Loneさん!