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露出度の高い女に刀の切っ先を突き付けたまま、妙なことに自己紹介を受けた。
先ずはガルヴァード。彼は勇者一行の中で唯一の年配で、壮年にかかる熟練の戦士。髭面で年齢が分からなかったが、年季の入った鎧に納得がいく。
次が、俺が刃を向けている紫の瞳をした女。ドレインを受けたせいで、まだ俺の足元で気を失っている。名をセレンティーと言って、銀髪の魔女という通り名があるくらいには、魔法の使い手としては優れているという。
どうりで、最後の瞬間まで勝ちに賭けて詠唱を止めなかったわけだ。
聖職者の格好をしている金髪碧眼の女がユユ。聖女と呼ばれるほどの高度な治癒魔法を操るらしい。だからその格好なのかと勝手に納得した。
さっきは俺のドレインを弾くほどの、防御系の魔法も使っていた。有能なのは間違いない。ぼんやりした雰囲気の美少女で、そのふわっとした感じがミルフィーに似ている気がする。
最後が、スティアにやられた勇者。エルドラノアという聞き慣れない名だが、エルドと呼ばれているらしい。黒髪黒目だったのが、今は髪がかなり白くなってきているという。
元はお人好しな優男だっただと? 信じ難い話だが。
戦闘中はじっくりと容姿を見ることは無かったが、それぞれ整った顔をしているし、性格の歪んだ勇者を除けば確かに、悪人には見えない。
「ワシがこの勇者に出会ったのは、王命が理由だった。そこのセレンと共に。ワシは見ての通り、一人だけ年が離れているだろう? ハッハッハ。いわゆる旅の指南役兼護衛としてだ。傭兵稼業も長かったし、最近は国賓の護衛なんかもよく受けていたから、教えられることも多いだろうとな」
そういえばこいつ、腹を斬ったのになんでこんなに普通に喋ってやがると思ったら、すでにユユという聖女が治癒したんだな。
「セレンは世話役を申し遣っていた。この国に、異世界から召喚された勇者殿が不自由せんようにと。まあ、身の回りのことだけで良かったはずだが、いつの間にか良い仲になっておった。エルドがセレンを斬られたくないのは、仲間である以上に、そういう理由もある。……その切っ先、離してやってはくれぬか。ワシが代わりになる」
「……いや、それじゃ意味ないって言っただろ? そこの外道勇者が、このセレンて女と恋仲だろうというのは言われなくても分かったさ」
「むぅ……。ならば、話の続きをしよう。ちなみに、最初はワシら三人での旅だった。ユユは、小さな村の教会で働いていたんだ。野盗に襲われて危なかったところを、エルドが救った。そこからついてきたから、そのまま仲間になった」
話が長くなりそうだ。
「おい。お前らの回復を待つつもりもないんだ。長くなるならこいつには死んでもらう。それで終わりだ」
「いや待たれよ! なぜ出会った頃の話をしたのかは理由がある。王命で、王城に呼ばれていたか、そうでないかという違いが重要なのだ。ワシら三人は、まんまと国王に呪いを掛けられてしまってな……魔王討伐の出発を祝して食事会を開くからと、待たされていた部屋で呪われてしまったらしい。どういう仕組みかは分からぬが、ワシらは国王と、その直属のロイヤルナイトの前では魔力も、鍛え上げた体さえも封じられてしまうのだ。それを知ったのは、魔王討伐後という間抜けな話なのだが……」
ということは、裏切った国王を倒そうにも、何も出来ないのか。
対面してしまったら、逃げることさえままならないだろうな。
「その呪いのせいで、国王を殺せないから逃げている。ということか。だが、それがミルフィーを斬ったことに繋がるのか?」
「ああ。もう少し聞いてくれ。……魔王を倒したのち、王城へ報告に戻ったワシらは、称えられるどころか毒殺されかけた。遅効性の強力な毒で、盛られた時にはそうとは分からぬように。しかも、理由をつけて王城内に留まらされていた時に毒が回った。ワシらの部屋のすぐ外には、護衛と称してロイヤルナイトが居た。つまり――」
「力が使えずに死んだんじゃないのか?」
打つ手無しの、まさしく死地だ。
「そうだ。死にかけた。このユユが居なければ、ワシらは屠られてそこで終わりだったのだ。奇しくも、王都を出てから仲間になったユユが聖女並みの治癒力を得たお陰という、奇跡のような縁がワシらを救った」
ユユだけは力が使える状態か。守りに徹して、なんとか逃げのびたというわけか……。
「そのせいでミルフィーは、その外道勇者に斬られたんだが」
荒野をなぞる風が吹く。
乾いた空気だけがなびいて、赤焼けの中、岩ばかりの風景は何も揺らがなかった。
「……すまぬ。ワシらは戦うことも出来ずに着の身着のまま逃げたのだが、その後が良くなかった。王国中で指名手配され、あらぬ大罪をなすられた。エルドが苦心して建てたあの城砦町でしか、普通に出入りすることさえ出来ぬ。その上……国王は執拗でな。あの町を焼き払うつもりでいる。そこにあの、御使いの聖女が現れたのだ。その噂は、すでに王都まで届いておる。女神セラ様を称えるだけならまだしも、その御使いと名乗ったとあっては……それを口実に攻め込まれるかもしれんのだ」
「やっと話が繋がったか。だが、ミルフィーは本物の御使いではないと分かったはずなのに、なぜ斬った。それを許せる話になるとは……思えないが?」
「それは……言い難いことなのだが……。あの子に生きていてもらっては、あの町が焼かれてしまうからだ。それに、聖女と名のつく程の治癒使いは、国中から集められているのだ。治癒の利かない毒を作るために」
「なんだと? それは、お前らで失敗した経験を踏まえて。ってことか?」
「その通り」
「どうかしてるぜ、その国王。だが……俺の都合で仕立て上げた御使いの聖女は、ミルフィーの為になるどころか、狙われる原因になってたってことか。お前らにも、国王にも」
……すまないミルフィー。お前が守られながら幸せに生きられると思って、利用することを決めたのに。
まさか俺のせいで、怖くて痛い思いをさせちまったとは……。しかも、この国に居る限りはもう、安寧などありえない。
「だから、エルドの……エルドラノアのしでかしたこと、許してくれとは言わぬ。だが、見逃してはくれないだろうか!」
「まさかの展開過ぎて、頭が回らねぇ。ちょっと待ってくれ」
このままじゃ、ミルフィーが危ない。
かなりの城壁を持つ町だからこそ、安全だと思っていたのに。
いや……だからこそ、すぐには落とされはしないか。
「提案がある。それを呑むかどうか、返答次第だ」
「可能な限りは!」
「俺は魔王として、戦争中の国々に宣戦布告するつもりだった。が、その前にあの町を俺の支配下とする。これまでは、特に何もしないつもりだったがな。ミルフィーを守るためだ。それを手伝え。あの町の町人たちは、お前らに縁のあるやつらなんだろう? 説き伏せろ。俺の支配下に入ることを。魔王直轄の人間の町として、人間と敵対する前線を担ってもらう」
「それは、どういう……」
「魔王直轄となれば、下手に攻めては来られないだろう。魔族が動くかはまだ未定だが、俺が守る時の理由にもなる」
「魔族と……共闘せよ、と?」
「是か非か。あそこはつまり、お前らの町だろう? お前らが決めろ」
それまで目を閉じて横たわっていたセレンという女が、突然口を開いた。
俺が突き立てようとしている刃に、微塵も臆することなく。
「受けましょう、ガルヴァード。あの町の人達なら、きっと分かってくれる。今までだって、さんざん王国から嫌がらせをされてきたのよ。今と何も変わらないわ。それに……魔族側に付くのも、王国に追われる身の私達からすれば、その方が何百倍もマシだわ」
圧政を敷いたりしないわよね? と、セレンは付け足した。
「裏切らない限り、な」
ただ、理由はどうあれミルフィーを斬ったことはやはり、許せそうにないが。
こいつらにも一応の理由があって、ミルフィーを攫ったのは分かった。だが……そこの外道は、俺が気に入らないから斬ったはずだ。感情であんな幼い子を斬ってしまえるやつを、俺は仲間になんて出来ない。
だから、支配を受けるか否か、そのラインでしか繋がりを持つことは出来ない。
「……答えはどうした? 俺の支配に下るのか、はっきりと答えろ」
そう告げると勇者が腹立たしそうに、だが弱々しく言葉を発した。
「か……勝手な……こと、を……」
未だに痺れが残っているのかと勇者を見ると、いつの間にかスティアが……近くに来た勇者に電流を流し続けているらしかった。
小さな声で何度も、「雷霊よ、とどまれ」と言っている。
「おいスティア……いや、気持ちは分かるが」
ミルフィーの分、仕返ししないとだもんな。
「く……くそっ。とんでもないガキうっ!」
せっかく電流を止めてもらったのに、口が汚いからだ。また強いのを流された。
「口の利き方に気を付けろよ? 俺より強いかもしれないぜ」
体が跳ねたまま硬直するレベルの電流……それでも生きているのは、さすがは勇者と言うべきか、腐っても勇者という存在らしい。
――いや、情け無用の相手だ。本当なら俺もぶん殴ってやりたい。
「セレンに同じくワシも、魔王殿の提案を受けたいと思う。ユユはどうだ」
「わたし……。エルドと一緒にする」
「そうか、ユユも受けるのだな。後はエルドだが……今回の件、止められなかったワシの責任が大きいと思う。だから、お主の世話役はここで終わりだ、エルド。今からは先達として、お主を指導していく。この魔王殿の提案、ワシの元で受け、その仕事に従事しようではないか。いや、有無は言わさぬぞ? そして魔王殿。これがひとつの、ワシのケジメのつけ方としたい。ミルフィー殿へのお詫びも含めて、此度の件に報いるつもりだ。だからどうか……これからのワシらを、見てはくれぬだろうか」
大男、もといガルヴァードは、両膝をつき両手をつき、深々と頭を下げた。
――ミルフィーの件も水に流せだと?
「……そこのエルドの態度を見てからだ。お前が出来た男だというのは見て分かった。だがそいつはどうだろうな」
「あ……が……。す、する……。いう通りに、お前の、配下にでも何でも……。だから、その刀を、下げてくれ。頼む……」
電流は緩めてもらったようだが、スティアは許していないらしく、まだ絶妙に流している。
「頼むって態度じゃないがなぁ。まあ……俺は無抵抗な女を斬る趣味はない。下げてやるさ。だがな、俺は許してはいない。ミルフィーのために死ぬまで働け。それでチャラになるかどうかだ」
刀をセレンとやらの首から外し、そして刀の霧砂を解いた。
本物の悪党なら、ここで攻撃してくるだろうが……さすがにその様子はない。
「かたじけない! ワシからも、エルドにはこれからきつく言って聞かせる! きっと魔王殿のお役に立ってみせる! この恩、生涯忘れぬゆえ!」
こんな男が、外道勇者の振舞いをただ見ていただけだったのか。
……勇者が元お人好しだったってのは、信じ難いが本当なのかもしれないな。
魔王討伐まで何年一緒に居たのかは知らないが、そこまでの情を抱かせる程度には、いい奴だったってことか。
「お目付け役ってやつだな。しっかり頼むぜ。あぁ、それとな。呪いなら解けるだろうと思う。ものは試しというやつだ……ホーリーサークル」
ここに居る全員を包む程度の範囲で、その代わり、より強い力を発揮するように円を思い描く。
――相変わらず、何の手応えもないが。
「……何か変化はあるか? 俺には分からん」
「ユユ。ワシの背中を見てくれ。呪いの印が消えているかどうか」
そう言ってガルヴァードは、ガチャリガチャリと、重い鎧を外していく。
「……臭い。何日もお風呂入ってないから。地黒でわかんない。たぶん、消えてる?」
「ええい。はっきりせんやつめ。だが、印のあった場所が熱くなっていた。恐らくは消えておるだろう」
「あぁ、治癒しちゃった。でも背中は、わたしも熱かった」
体の中に、何か取り込まされたのか。
食事に何かを盛るのが好きな国王だな。
「これなら。ロイヤルナイトが出張ってきても、ワシらの力を発揮出来る! これまでの憤り……全てぶつけてくれようぞ!」
ガルヴァードは力が溢れてきたとばかりに、立て膝になって拳を高く掲げた。
それはいつものことのようで、ユユは後退りして距離を取り、耳を塞いでいる。そしてそのまま、ガルヴァードを避けるように俺の側に来ると、耳を貸せという仕草をする。
「なんだ」
ほんの少し前まで敵だった女に、耳打ちをされるのは絶妙に気持ちが悪い。が、懲りる気配を微塵も出さずにしつこくコイコイを続けるものだから……根負けしてしまった。
「なんだってんだ……」
「ミルフィーのこと。どの程度なら治せるか、わたしにすごく聞いたの。エルドはね、あなたなら、治せると思ってた。きっと。ギリギリ、わたしも治せるくらいの傷。だから、怒ってても、少しだけ許してあげて」
語順が適当で、いまいち分かりにくい話し方をする。
つまりは、治癒の使い手は俺だと判断した勇者が、芝居がてら死なない程度に斬ったってことか。
――それでも許せないが?
こいつらは嫌な思いをし過ぎて、感覚がおかしくなっているのか?
「それがどうした。お前も大切な人を斬られないと分からんのなら、いつでも斬ってやるぞ」
「……ご……ごめんなさい」
――正直、面倒事を抱えてしまったとしか思えないな。
やっぱり、ここで殺しておくか……。
「旦那さま。またコワイ顔してる」
「……スティア」
「ラースウェイト。一旦は治めて、この場は終わりにしましょう。それよりミルフィーの顔を見にいきましょう。あの子はまだ、不安なはずですから」
「リグレザ……。そうだな。お前たちの言う通りだ」
「よかった。旦那さままで、心が歪んでしまうかと思いました」
「ハハ……すまない。毒されそうだったが、もう大丈夫だ。行こうか」
……この荒野も、周りに被害が及ばないように?
考え過ぎか。
とりあえずは町に行き、そしてもう一度、魔王城に戻ることにした。
あの景色を見ながら、少し考えをまとめたい。
今のまま動き出したら、俺は本当の魔王になってしまいそうな気がする。
――それでは、女神セラが俺に与えた試練から、外れてしまう気がしてならない。
普通に敵対するだけでは駄目だ。
共存とまではいかなくても、互いに滅ぼし合う形では……認めてもらえないだろうから。