「じゃあ瞳子ちゃん。取り敢えず頭から1回通してみてくれる?」
録音ブースの中の瞳子は、聞こえてきた吾郎の声に「分かりました」と答えて姿勢を正す。
1月の下旬、内海不動産のモデルルームで流す紹介映像のナレーションを録音する為、アートプラネッツの4人は瞳子を連れて貸しスタジオに来ていた。
映像を見ながら、瞳子は台本のセリフを丁寧にマイクに向かって語りかける。
「ひゃー!ほんとに綺麗な声だな、アリシアって。ヒーリング効果があるよ。癒やされるー」
聞こえてくる瞳子の声に、透は両手を広げて目を閉じる。
「あはは!何やってんだよ、透。森林浴か?」
洋平が笑う横で、吾郎は真剣にヘッドホンに耳を傾けていた。
「うん!瞳子ちゃん、1発OKだよ。念の為、雰囲気を変えてもうワンテイクお願い出来る?」
「はい、分かりました。今度はもう少し明るい口調で早めにしゃべってみます」
「いいね、頼むよ」
瞳子のナレーションのクオリティの高さに、四人は大満足で録音を終える。
「あっという間に終わったな。仕事が出来るねー、瞳子ちゃん」
「じゃあさ!パーッと打ち上げに行こうよ!」
「透、まだ昼の3時だぞ」
「いいってことよ!」
「何がだよ?」
洋平が透にそう言った時、スマートフォンがポケットの中で震えた。
「お、泉だ。ちょっとごめん」
断ってからスタジオの片隅で電話に出る。
「もしもし泉?どうした…えっ?!」
大きな声で驚く洋平に、皆も何事かと注目する。
「それって、もうすぐ産まれそうってこと?」
今度は皆が、えっ?!と驚く。
「分かった、すぐに行くからな!泉」
急いで通話を終える洋平を、皆は一斉に取り囲む。
「洋平さん、赤ちゃんが産まれそうなの?泉さんは?大丈夫?」
瞳子が心配そうに尋ねる。
「大丈夫だよ。今日は健診の日で、病院に行ってるんだ。予定日をだいぶ過ぎたから、これから陣痛促進剤を使ってお産になるらしい」
「そうなんですね!今、病院なら良かった。でも泉さん、一人でがんばってるんですね」
大河も瞳子の隣に並んで声をかける。
「とにかく洋平も、早く泉さんの所に行け」
「ああ、ありがとう」
バタバタと出て行く洋平を、皆で見送る。
「がんばれよー!」
「安産を祈ってるからなー!」
洋平は背中を向けたまま手を挙げて応え、走り去って行った。
「ああ、どうか無事に産まれますように…」
思わず両手を組んで祈るように呟く瞳子の肩を、大河は優しく抱き寄せる。
「大丈夫だよ、きっと。みんなで無事を祈って、嬉しい報告を待とう」
「はい」
その後は皆ソワソワして仕事にならず、居ても立ってもいられずにオフィスで時計とにらめっこする。
夕食はデリバリーを頼み、仕事終わりの亜由美もオフィスに駆けつけた。
時計の針が21時を過ぎた時…。
ピコン!とグループメッセージの通知音が一斉に鳴った。
「洋平からだ!20時12分、元気な男の子が産まれました!母子ともに無事です、だって!」
透がいち早く読み上げると、やったー!と全員で喜びの声を上げた。
「良かったー、泉さんも赤ちゃんも無事で」
「うんうん、ほんとに」
瞳子は亜由美と手を取り合って涙ぐむ。
「あ、赤ちゃんの写真だ。可愛いー!」
「え?見せて、透さん」
亜由美が透からスマートフォンを受け取り、瞳子と一緒に覗き込んだ。
小さな可愛い赤ちゃんを胸に抱いた泉と、その泉の肩を抱く洋平が写っている。
「ひゃー!なんて可愛いの。天使よ、天使」
「小さいおててにぷくぷくのほっぺ!やーん、ラブリー!」
瞳子と亜由美は、興奮して思わず抱き合う。
「泉さんも洋平さんも、すっかりママとパパの顔ね」
「うんうん。あー、早くベビーちゃんに会いたい!」
ひとしきり盛り上がったあと、二人にお祝いのメッセージを送る。
大河達はアートプラネッツのグループに、そして瞳子と亜由美は『マダムプラネッツ』と名づけた泉と3人のグループに、それぞれ『おめでとう!』のメッセージを送った。
「はあー、可愛いな。いつまででも見ていられる」
マンションに帰ってからも、瞳子はソファに座り、何度も泉と洋平の赤ちゃんの写真を眺めては、うっとりしていた。
「こんなに小さくて可愛い命がこの世に存在するなんて。まさに生命の神秘!そしてママって偉大!」
興奮冷めやらぬ瞳子を、大河は微笑んで見守る。
「赤ちゃん、目元が洋平さんにそっくりですね。口元は泉さんに似てるかな?とにかく本当に可愛い!」
堪え切れずに大河は苦笑いする。
「目がハートになってる瞳子も、とびきり可愛いよ」
「やだ!赤ちゃんに敵う訳ないでしょ?真っさらで汚れのない神聖な命なんだもの」
「瞳子だって、清らかで純真無垢だよ」
そう言ってみるが、瞳子の耳には届いていないらしい。
頬に手をやって、何度も可愛いと繰り返している。
「どんな男の子になるのかなー?洋平さんと泉さんの血を引いてるから、絶対に知的でスマートよね?楽しみだなー」
やれやれと大河は肩をすくめる。
「瞳子、よそのうちの赤ちゃんでそんなに盛り上がるなら、自分の赤ちゃんの時はどうなっちゃうんだ?」
すると瞳子は、えっ?!と真顔に戻った。
「私の、赤ちゃん?」
「そうだよ。俺の赤ちゃんでもあるけど」
「大河さんと、私の、赤ちゃん?」
「うん」
大河が頷くと、瞳子はみるみるうちに頬を赤らめてうつむく。
「赤ちゃん、いつか来てくれるかな?」
「ああ、来てくれるよ。可愛い瞳子ママのところに」
「え、そんな…。大河さんとの赤ちゃんだから、大河さんにも似てるわよね?」
「どうだろう?女の子なら、瞳子に似てとびきりの美人だろうな」
「男の子なら、大河さんみたいに、むむっ!て顔で産まれてくるのかな?」
は?と大河は声を上ずらせる。
「何?その、むむっ!て」
「ほら、大河さんの得意顔みたいに、眉間にしわを寄せて、むむっ!てしながら産まれてくるの」
「ちょっと、瞳子?俺の印象どうなってんだ?」
「だから、むむっ!て」
「むむっ!は、もういいっつーの!」
「あはは!その顔がまさにそうよ」
「なんだとー?」
ガバッと瞳子に覆いかぶさると、瞳子は「きゃー!」と声を上げて身を避ける。
「捕まえた!」
大河は瞳子を腕の中に閉じ込めると、そのままソファに押し倒した。
唇が触れそうになるくらいの距離で、二人は互いに見つめ合う。
「瞳子…」
綺麗な瞳で真っ直ぐに見つめてくる瞳子に、大河の胸は切なく傷んだ。
「大河さん…」
名前を囁かれたが最後、大河は一気に瞳子の唇を熱く奪う。
可愛くて、愛おしくて、幸せ過ぎて切なくなる。
大河はありったけの想いをぶつけるように、瞳子を強く抱きしめ、何度も何度も口づけていた。
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