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モフモフは、伝説の魔物である銀色ノ狼かもしれない。
もしそうだとしたら、カイトとモフモフはどういう関係なのか。なぜそんな珍しい魔物とカイトは知り合いなのか。
沈黙が支配する中、モフモフは不安げにクーンと鳴いた。
緊張していた空気が弛緩する。
「……これ以上考えても仕方ないですな」
神父が言った。
「どんな事情にせよ、カイトさんもモフモフも、悪しき存在とは思えません」
「そ、そうですよ」
タニアが同調した。
「二人とも絶対悪い人じゃないです!」
そこまで言って、
「あ、モフモフは人じゃないですね!」
と照れ笑いを浮かべた。
それからカイトとタニアは、モフモフを伴い、村長宅に向かった。
モフモフは安全な魔物ではあるが、村に招き入れるにはやはり村長の許可が必要だろう。
村長宅に向かう道中。
「な、なんじゃこりゃあ!」
鉢合わせたハンスが、驚愕の声を上げた。
「そ、そいつは……洞窟の魔物じゃねぇか!」
ハンスは腰に下げていた剣に手をやった。
「待ってハンス!」
タニアが叫んだ。
「たしかにこの子は魔物だけど、とっても良い子なのよ! ほら!」
そう言って、彼女は両手を広げて見せた。
するとモフモフは、タニアに身体をこすりつけたり、顔を舐めたりした。
「ね、平気でしょ」
「し、しかし……」
「ほらモフモフ、あのお兄さんも舐めてあげたら?」
「ガウッ!」
モフモフがハンスに近づこうとした、そのとき。
「ひ、ひいいいいい!」
彼は情けない声を上げ、脱兎のごとく逃げだすのだった。
そんな彼を見て、タニアは笑った。
一連の流れを、カイトは訝しげに見ていた。
そんなカイトの目に気づき、タニアは言った。
「実はですね、ハンスって犬が苦手なんですよ」
「そうだったんですか……」
「カイトさんに意地悪したおかえしです」
タニアはいたずらっぽく微笑んだ。
この子は意外に強かだな、とカイトは苦笑するのだった。
それからカイトとタニアは、村長にこれまでの経緯を報告した。
村長は驚いていたが、穏やかなモフモフの様子を見て納得してくれた。
これまで討伐に向かった者たちを傷つけなかったことも、モフモフへの信頼に繋がったのだろう。
無事、モフモフも村に留まる許可が与えられた。
* * *
カイトとモフモフがアルヒ村で過ごし始めて、数日が経った。
ただ、カイトの記憶が蘇ることはなかった。
カイトとモフモフは、ただの居候として過ごすわけにもいかないので、アルヒ村のために精力的に働いた。
家畜の世話をしたり、薪を割ったり、畑を耕したり。
そして、二人の力が特に役立ったのは狩りだった。
近日、『勇者感謝祭』というものがあるらしい。
勇者が魔王を討伐した記念を祝うもので、今年でちょうど五百回を迎える、伝統的な祭だそうだ。
祭はアルヒ村だけでなく、全国的に行われる一大イベントとのこと。
祭では様々な馳走が振る舞われるが、特に人気なのが猪肉を使った料理である。
普段、狩猟は許されていないが、感謝祭では別だ。
村人全員に振る舞うための猪肉を確保するため、腕の立つものが狩りに向かうのが通例だった。
しかし魔物の凶暴化が始まって以来、狩りは難しくなっていた。
気軽に村の外には出られなくなったこともあるが、猪が魔物を恐れ、森の奥深くに逃げ込んでしまったからだ。
そこで役に立ったのが、モフモフの嗅覚である。
モフモフの嗅覚は、人間のそれとは一線を画しており、的確に獲物を探り当てることができた。
実際の狩りにおいても、モフモフは獲物が逃げないよう適所に追い立てることができた。
モフモフのおかげで、順調に狩りは進んだ。
そろそろ村に帰ろうというときだった。
カイトたちは、巨大な猪に遭遇した。
村人たちは恐れおののいた。
「こりゃすげぇ……こんなの狩れたらしばらく肉には困らねぇぞ」
「ば、バカ! こんなの狩れわけねぇ!」
「返り討ちに遭っちまうべ!」
村一番の腕前を持つハンスでさえも、
「さすがにこれは無理だな……」
と諦めていた。
だがカイトは、
「俺に任せてください」
と進み出た。
「お、おい!」
ハンスが声を上げる。
「あんなでかいのは無理だ! ただの猪でも舐めちゃいけねぇ!」
たしかに目の前の猪は、魔物と見紛うほどの凶悪さを感じた。
通常の五倍はありそうな身体、鋭く伸びた牙、全身を覆う分厚い毛皮。
さらに人間の存在を察知しているにもかかわらず、落ち着いた佇まいを崩さない。人間のことなど、そこらを這いずり回る虫くらいにしか思っていない──そんな圧倒的な強者の風格を漂わせていた。
そんな猪を前にしても、カイトもまた臆することはなかった。
意見してくるハンスを手で制し、剣を抜いた。
一歩一歩、猪に向かって近づいていく。
そこで初めて、猪はカイトのほうを見てきた。
鼻から息を吐き出し、目を細めて睨みつけてくる。
カイトは、村人たちを巻き込まないように移動した。
猪も、カイトを敵とみなしたのか、視線を彼に固定した。
ざ、ざ、ざ、というカイトの足音。
猪の息遣いが森の中に響く。
村人から充分距離をとった後、カイトが歩みを止めた。
瞬間、猪が地を蹴った。
巨体に見合わぬ凄まじい速さで突進してくる。
だがカイトは冷静だった。
たしかに素速い動きではあるが、カイトの目は余裕を持って敵を捉えていた。
「あ、危ねぇ!」
村人の叫び声が聞こえた。
刹那、カイトは跳んだ。
猪の体長よりもはるかに高く跳躍し、その突進を避けたのだ。
猪は勢いそのままに直進し、大木に激突した。
ただ、猪にダメージはない。
すぐに振り返ってカイトを探しだした。
カイトは木の枝に乗っていた。
猪は消えたカイトを探している。
カイトは、音を立てないようにそっと飛び降りた。
隙だらけの猪に降り立ち、眉間に剣を突き立てる。
猪は、両目を驚愕に見開いた。
まもなく白目をむき、巨体をビクビクと痙攣させ、倒れ伏した。
その一瞬の決着に、村人たちは感嘆の声を上げた。
「す、すげぇ……」
「あんな化け物を一瞬で倒しちまった!」
カイトは剣を引き抜き、付着した血を布で拭った。
「ガウ、ガウッ!」
モフモフがカイトに駆け寄ってきた。
頭を撫でてほしそうに、耳を後ろに倒している。
カイトが撫でてやると、モフモフは甘えた声を出した。
「お前……」
ハンスが近寄ってきた。
「ホントにすげぇ奴だな……」
カイトは、どう返したらいいかわからず黙していた。
「その……」
ハンスは気まずそうに視線を逸らしながら言った。
「ありがとな。これだけの肉があれば、感謝祭を大いに盛り上げられる」
カイトは照れ笑いを浮かべながら、頷いた。
するとハンスが、一歩前に出てきて、手を差し出してくる。
カイトは戸惑いの表情を浮かべた。
「……その、色々悪かったなと思って」
カイトは、ハンスの意図を察し、微笑を浮かべた。
差し出された手に、自身の手を重ねる。
カイトとハンスは、がっちりと握手をした。
「……これでわだかまりはなしだ」
「ええ、わかりました」
二人の間にあった見えない壁が、消え去ったように感じた。
そのとき、モフモフが近づいてきた。
瞬間、ハンスは握手をやめて飛び退いた。
「お前は認めるが、その犬っころは別だ! 絶対に俺に近づけるな!」
カイトは苦笑しつつ、頷いた。
モフモフは、残念そうにクーンと鳴いた。
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