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ひまりが絆創膏を貼ってくれた翌朝
朝食のトーストを齧りながら、ひまりが申し訳なさそうに一枚のプリントを差し出してきた。
「あ、の…!おじさん。これ……」
受け取ったプリントには、大きな文字で『授業参観のお知らせ』と書いてある。
俺がそれをじっと見つめていると、ひまりは不安そうに指先をいじった。
「……無理して、来なくてもいいよ。おじさん、お仕事、忙しいだろうし…」
昨日の傷を見て、俺が危険な仕事をしていると察したのだろう。
あるいは、校門前での視線を思い出して、俺が来ることで自分がまた何か言われるのを恐れているのかもしれない。
だが、俺はプリントを丁寧に折り畳み、胸ポケットに仕舞い込んだ。
「……阿呆。ワシが行かん理由がどこにある。和幸ォ! 当日の予定、全部白紙にせぇ!」
「へ!?兄貴、その日は会合が……」
「授業参観言うとるやろがッ!そんなもん『身内の重大な行事があるさかい、後日にせぇ』って伝えとけ!」
◆◇◆◇
当日
小学校の正門前は、異様な光景に包まれていた。
いつもの黒塗りベンツを先頭に、後続には組員たちの黒いセダンが数台。
車から降りてきたのは、全員が黒スーツにサングラス
耳にはインカムという、どう見ても「要人の警護」か「襲撃前」の集団だ。
「……おい、お前ら。ええか、今日は『授業参観』や。ひまりに恥かかせんよう、最大限の敬意と、保護者としての品格を見せんかい」
「「「ハッ! 了解しました、兄貴ィッ!!」」」
廊下に並んだ男たちの威圧感は凄まじかった。
他の保護者たちが壁際に張り付き、ひそひそと囁き合う中
俺は教室の最前列……ひまりの席の真後ろの窓際を陣取った。
「…ねぇ、あの方……もしかして」
「…SP?そうとうなお金持ちじゃない……?」
勘違いの方向性が明後日に向かっているが、俺は微動だにせず、教壇を見つめた。
今日の授業は国語。
『将来の夢』というテーマで、一人ずつ発表するらしい。
「……つ、次は、ひまりさん」
担任の先生が震える声で呼ぶ。
ひまりは緊張で顔を強張らせながら、教壇に立った。
俺と目が合う。
ひまりは一瞬、逃げ出したいような顔をしたが、俺が深く頷くと、覚悟を決めたように作文を開いた。
「私の、将来の夢は……」
ひまりの声は小さかったが、静まり返った教室によく響いた。
「……困っている人を助ける、お医者さんになりたいです。昨日、大事な人が怪我をして帰ってきた時、何もできない自分が悲しくて…だから、いつか私が、もっと大きくなっなら。大事な人の傷を手当てできるようになりたいです」
発表が終わった瞬間、教室の後方からズビッという鼻をすする音が響いた。
和幸をはじめとする組員たちが、サングラスを真っ黒な涙で濡らしながら、音を立てて号泣していた。
「ひまりお嬢……なんて健気な……っ!」
「兄貴ィ……俺、もう一生この子について行きますッ……!」
「やかましいわ、お前ら!」と怒鳴りたいのを堪え
俺はただ、前を向いて歩き出したひまりに、誰にも見えないように小さく拍手を送った。
帰り道。
いつものスーパーでまたコロッケを買って、二人で歩く。
「……おじさん、どうだった?」
「…お前の夢、立派やったで。和幸の奴ら、事務所で赤飯炊く言うて張り切っとったわ」
俺はひまりの頭を乱暴に、だが慈しむように撫でた。
医者か。
ワシのような人間には眩しすぎる夢やが……。
「…なれるとええな。……ワシも、簡単には死ねんようになったわ」
夕日に照らされた二人の影。
ひまりの影が、少しだけ吾郎の影に寄り添うように伸びていた。
#シリアス
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