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「え、前原ちゃんが今日の手伝い? やったネ〜、工!」
体育館に足を踏み入れた瞬間、独特のイントネーションで声をかけてきたのは天童覚さんだった。
今日は女子バレー部の遠征でマネージャーが足りず、クラスメイトの縁で私が臨時の手伝いに駆り出されたのだ。
「天童さん! 近いです、離れてください!」
工くんが血相を変えて飛んでくる。天童さんは私の肩にひょいと腕を回そうとして、わざとらしくニヤついた。
「え〜? だって前原ちゃん、可愛いもんネ。工若にはもったいないくらいだヨ♫」
「もったいないとか、そういう問題じゃなくて!……前原、お前、変な奴に捕まるなよ!」
「変な奴って、天童さんのこと?」
私がクスリと笑うと、工くんは「そうだ!……じゃなくて、とにかく俺の近くにいろ!」と、支離滅裂な指示を出して私の腕を引いた。
「はいはい、工くん。ドリンク作るから、離して?」
「っ……! 忘れてた。……ほら、これだ。重いから気をつけろよ」
ぶっきらぼうに渡されたスクイズボトル。
でも、彼が私を他の部員から遠ざけようと必死なのは、見ていてすぐに分かった。
練習が始まると、私はコートの隅でボールを拾ったり、ドリンクを配ったり。
すると、休憩中に白布先輩が私の隣にやってきた。
「……前原。あいつ、さっきからミスが多いと思わないか」
「え? 工くん、さっきもナイススパイクでしたよ?」
「威力が上がりすぎてアウトになってる。……お前が他の奴と話すたびに、力んでるんだよ」
白布くんの冷ややかな指摘に、私はコートを見た。
確かに、工くんは天童さんと私が喋っているのを、恐ろしい形相で睨みつけながらボールを叩いている。
「ふふ、分かりやすすぎるね」
私はわざと、ドリンクを渡す時に彼の耳元で囁いた。
「工くん。……そんなに私を見てると、また白布先輩に怒られちゃうよ?」
「み、見てない! 俺はバレーに集中して……っ」
「嘘つき。……私だけを見ててほしいなら、もっとかっこいいところ、見せて?(笑)」
「っ……!!」
工くんはドリンクを一気に飲み干し、空になったボトルを私に押し付けた。
「……見てろ! 誰にも、目移りさせないくらい……凄いの打ってやる!」
背中を向けてコートに戻る彼の耳は、やっぱり真っ赤。
からかっているはずなのに、彼の「俺だけを見ろ」という無言の圧迫感に、私の胸も少しだけ締め付けられた。
部活の休憩中。タオルで汗を拭う工くんの隣に、スッと巨大な影が落ちた。
白鳥沢の絶対的エース、牛島若利さんだ。
「……五色」
「はっ、はい! 牛島さん! 何かアドバイスでしょうか!?」
ガタガタと音を立てそうな勢いで直立不動になる工くん。私はその横で、スポーツドリンクのボトルを片手にクスクスと笑いながら見守っていた。
牛島さんは、じっと工くんを見つめた後、次に視線を私へと移した。その瞳はどこまでも真っ直ぐで、一切の邪念がない。
「先程から、前原と話すたびに君のスパイクの打点が乱れている。……集中力が足りないのではないか?」
「っ……!!」
工くんの顔が、一瞬で茹で上がった。
「そ、それは……! その、前原が変なことばかり言うからで……!」
「変なこと?」
牛島さんは不思議そうに首を傾げる。
「彼女は君を応援しているように見えたが。……それとも、前原。君は五色の邪魔をしているのか?」
矛先が私に向く。私はわざとらしく、困ったような顔をして牛島さんを見上げた。
「いえ、牛島さん。私はただ、工くんが『かっこいいところを見せる』って言うから、期待して見ていただけですよ?」
「……そうか。ならば五色、期待に応えるのがエースの務めだ」
牛島さんは淡々と、でも重みのあるトーンで続けた。
「前原が他の部員……例えば天童や瀬見と話している時、君は特に打球が荒くなる。……もし、彼女が他の誰かの応援に回るのが嫌ならば、実力でその視線を繋ぎ止めておけ」
「う、牛島さぁぁぁん!!」
工くんは絶叫した。天然の王者の言葉は、鋭いスパイクよりも正確に工くんの図星を射抜いたらしい。
牛島さんは「……何か変なことを言ったか?」と不思議そうに白布先輩の方を振り返り、白布先輩は「……いえ、正論です」と溜息をつきながら答えていた。
「……前原」
工くんが、震える声で私を呼ぶ。
「……なんだよ、その、ニヤニヤした顔は……っ」
「ふふ。牛島さんにまでバレちゃうなんて、工くんは本当に分かりやすいね」
私は一歩近づき、彼のユニフォームの裾を少しだけ強く引いた。
「……他の人のところ、行っちゃおうかな?(笑)」
「……行かせるか! お前は、俺だけ見てろ!!」
工くんは、牛島さんに見せつけるかのように私の手首をガシッと掴んだ。
その力強さに、今度は私の心臓が、からかう余裕もないくらい跳ねた。