テラーノベル
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部活の帰り道。校門を出たところで、工くんは急に立ち止まった。
街灯の下、バレーボールバッグのストラップをぎゅっと握りしめて、彼は私の数歩前で背中を向けたまま固まっている。
「……前原」
低く、少し震えた声。
いつもみたいに「なっ、前原!」と叫ぶ元気はない。
「……ん? なあに、工くん。また牛島さんの言葉、気にしてるの?」
私がいつもの調子で一歩近づくと、彼は弾かれたように振り返った。
その目は、からかわれるのを待っている時の「チョロい工くん」じゃなくて、試合でトスを呼ぶ時の、真剣そのものの目だった。
「……来週の土曜日、夏祭りがあるだろ」
「あ、うん。あるね。天童さんたちが『屋台全部制覇する』って張り切ってたよ」
「……天童さんたちは、関係ない!!」
工くんは一気に距離を詰め、私の目の前で立ちふさがった。
近すぎて、彼の熱い体温と、少しだけ混じった制汗剤の匂いが鼻をくすぐる。
「……俺と、行け。二人で」
「えっ……」
「天童さんとか、白布さんとか……他の奴らじゃなくて。……俺と、二人で行くんだ。いいか!」
命令口調。でも、よく見ると彼の拳は白くなるほど握りしめられていて、顔は街灯の光でも隠しきれないほど真っ赤に染まっている。
(……やば。かっこよすぎる)
不意のストレートすぎる誘いに、私の「からかいスイッチ」が完全にフリーズした。
いつもなら「デートの誘い? 可愛いね」なんて返せるはずなのに、今は喉の奥が熱くて、うまく言葉が出てこない。
「……前原、返事は」
覗き込んでくる彼の瞳。
逃げ場を失った私は、俯いて自分の服の裾をぎゅっと握った。
「……工くんが、あんまり一生懸命誘うから。行ってもあげてもいいよ」
精一杯の強がり。
すると、工くんは「……よしっ!!」と小さくガッツポーズをして、それから私の視線に合わせるように、少しだけ腰を落とした。
「……お前、今、顔赤いぞ」
「っ……! 赤くない! 夕焼けのせい!」
「もう夜だろ。……ふふ、前原も、からかいやすいところあるんだな」
そう言って、彼は悪戯っぽく、でも大切そうに私の頭にポンと手を置いた。
初めての、工くんからの逆襲。
「……楽しみにしてろよ。絶対、お前を驚かせてやるからな!」
エース君の宣言。
夏祭りの夜、私の心臓がどこまで持つのか、自分でも少し不安になった。
※ 工 目線
「……よし。まずは、エスコートだ」
夏祭りまであと三日。
部活の後の部室で、工くんは一人、スマホの画面を凝視していた。検索履歴には『夏祭り デート 脈あり』『女子 喜ぶ 屋台』『浴衣 褒め方』といった文字がズラリと並んでいる。
「五色、何してんだ。早く着替えろ」
背後から白布先輩の冷ややかな声が飛ぶ。工くんは「ひいっ!」と短く悲鳴を上げてスマホを隠した。
「し、白布さん! いえ、その……次期エースたるもの、私生活でも隙を見せてはならないと思いまして!」
「……お前、前原と祭り行くんだろ。バレバレだぞ」
白布くんは心底呆れたように溜息をつきながら、自分のバッグを肩にかけた。
「いいか、五色。お前みたいな単細胞が変に格好つけようとすると、大抵自爆する。……せいぜい、下駄で転んで恥かかないようにしとけよ」
「転びません! 俺の体幹をなめないでください!」
そう言い返したものの、工くんの内心はパニックだった。
教室でいつも憂ちゃんにからかわれ、赤くなっている自分。今度こそ、彼女を驚かせたい。余裕のある「男」だと思われたい。
その晩、工くんは自室で一人、鏡の前に立っていた。
「……あ、前原。今日の浴衣、似合ってるな(※低めの声)」
「……いや、不自然だ。もっと爽やかに……前原! 浴衣、いいな!(※元気すぎる)」
鏡の中の自分に向かって、何度も「褒め言葉」の練習を繰り返す。
さらには、慣れない下駄を履いて庭を歩き回り、鼻緒で指の間が痛くならないか、エスコートの邪魔にならないかをストイックに確認する。
(……前原は、きっとまた俺をからかってくるはずだ)
『工くん、気合入りすぎじゃない?』とか、『その顔、面白いね』とか。
脳内で再生される憂ちゃんの小悪魔な笑顔。
「……負けるか。……当日、あいつを黙らせるくらい、俺が……っ」
工くんは真っ赤な顔で拳を握りしめた。
バレーの試合前よりも緊張し、バレーの練習よりも真剣に「デートのシミュレーション」を繰り返す。
そんな彼が、当日、憂ちゃんの「本気の浴衣姿」を見て、準備したセリフをすべて忘れてフリーズすることを、今の彼はまだ知らない。
コメント
1件
ニコニコ)うんいいねぇ 人の恋愛見るのはw