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若い頃は家柄と金、そうして恵まれた容姿に飽かせて様々な女と遊んできた花京院岳史だったが、家業を継ぐことになり、家格・財力ともに伴侶として申し分のない娘・麻由と婚約したのを機に一度、女性関係をリセットした。
そうなる以前に付き合っていた女の数なんて覚えていないが、今目の前にいる、自分によく似た容姿を持った子供の母親のことは悪い意味でよく覚えている。
両親を早くに亡くしたという倍相真澄という女は天涯孤独の身の上だったからか、やけに貧乏臭いところがあった。だが逆にそこが新鮮で……とにかく家事能力の高いところが、そういうものとは無縁の岳史にはやけに新鮮に感じられたのだ。
真澄は見た目もそれほど悪くなかったから、世にいう〝家庭の味〟とやらが恋しくなった時に呼び出しては遊んでやっていた。
だが、遊びで手を出すには真澄という女はやけに執着心が強く、それが怖いくらいに鼻につく女で――。
岳史の父親が庶民には破格の手切れ金を提示して息子との別れを迫っても、頑として首を縦に振らなかったらしい。
当時父親から『遊ぶ女は選べ』としつこく言われたから、この女のことはやたら鮮明に記憶にこびりついたのだ。
だが、ある日を境にびっくりするぐらいあっさりと――それこそ手切れ金すら受け取らず――真澄は岳史の前から姿を消した。
今思えば、あれは自分の子を身ごもったことが分かったからだったのだろう。
肚の子を理由に結婚を迫ってこなかったことは褒めてやってもいい。
だが――。
せっかく鳴り物入りで手に入れた申し分のない妻だったはずの麻由との間にはどうしても子が出来なかった。
調べてみれば麻由の側に原因があったのだが、治療を重ねても一向に子は出来ず、費用とストレスだけがかさんでいった。
今や麻由も五十路が近い。
恐らく、彼女との間に子を成すことは不可能だろう。
遠縁の子を養子に迎えるしかないと麻由を説き伏せていた矢先、かつて自分の前から不自然な形で姿を消した女――倍相真澄に私生児のいることが分かった。
時期的にも自分が囲っていた頃に身ごもった可能性が高かったため、花京院家の力をもって調べ上げた結果、その子供が岳史の血を引いていると判明したのだ。
名も、あの未練がましい女らしく岳史の名から一字とって岳斗と名付けられたその子は、今年十になるらしい。
出来れば小学校へ上がる前に見付け出して教育を施したいところだったが、過ぎたことを嘆いても仕方がない。
調査によればかなり聡明な子のようだし、これから磨き上げていけば十分間に合うだろう。
そう判断した岳史が、動いた結果が今日だったのだ。
***
『おっしゃられている言葉の意味がわかりません』
目の前の、傲慢な態度の男が乗っている高級車の中には運転手ともう一人、恐らくは男の秘書か何かをしていると思しきスーツ姿の眼鏡男が乗っていた。そのスーツ眼鏡が車から降りてご丁寧に傘をさしながら自分の方へ近付いてくるのを見つめながら、岳斗は無意識に後ずさる。
このままこの場に留まっていたら、二度と母親には会えない気がしたのだ。
『バカな子ではないと調べはついている。言葉の通りなのは分かるだろう? さぁ、大人しく車に乗りなさい岳斗』
さっきまでは〝岳斗くん〟と呼び掛けてきていたくせに、岳斗が彼の言葉に難色を示した途端、いきなり威圧的な物言いに転じた車中の男に、岳斗は心が冷え冷えとしていくのを感じた。
(この人には僕に対する愛情なんて一欠片もない)
あるのはきっと、跡取りが必要だと言う純粋な己の欲望だけだろう。
それぐらいしか、今まで放置していた自分のことを、〝オトウサン〟とやらが引き取ろうとしてくる理由なんてない気がした。
それならば、いっそ――。
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何するの?