黙る私を、じっと見つめていた彼が、
「ならば……」
と、静かに切り出した。
「……別れたいですか? 私と……」
「えっ……?」
唐突な言葉に、声が詰まる。
「いいのですよ、別れたいのならば……」
「そんなことは……」
口にしたら、涙が出てきた。
「……泣かなくてもいい」
テーブルの向かいから伸ばされた手が、私の頭に置かれる。
「昨日も同じように言いましたが、覚えてはいないのですか?」
訊かれても何のことだかはわからなくて、首を横に振ることしかできなかった。
「肝心なことは、思い出さないのですね……」
彼が、はぁーとひと息をついて、
「もっと、簡単には考えられませんか?」
私に淡々と問うてくる。
「簡単に……?」
「そう……私には、あなたと別れるような思いは、ありません……なぜだか、わかりますか?」
彼の言葉の意味を理解できずに、私はまた首を左右に振った。
「……二人でいたいのです。あなたと……」
彼が言い、椅子から立って来ると、
「……いてほしいんです、あなたに。……別れたいなどと、微塵も感じられないくらいに」
隣に腰を下ろし、私の頬をふっと両手で挟んだ。
「……私は、この外見と、頭脳や財産などの持てる力で、いつも女性を意のままに付き合わせてきました……」
整然と美しいその顔を迫らせて、瞳を間近に覗き込む。
「けれど、その誰にも、そばにいてほしいとは思わなかった……。……力で従えただけの女性は、私の外面にしか興味もなくて……」
そうして顔を傾けると、
「あなた…だけなのですよ…」
柔らかく、私の唇に口づけた。
「……外面性に捕らわれずに、最初から私と向き合おうとしたのは……」
初めて誘われた時の台詞が、不意に頭に浮かんだ──
『私の外見に、単純に捕らわれない女性がいるとは、思ってもみませんでした……』
「でも私……初めは悪いイメージで、先生を……」
彼の想いに触れ、流れた涙が頬を伝い落ちる。
「最初の印象など気にせずとも……大切なのは、あなたが私のどこを見ていたかなので……」
涙の溢れる目尻に、唇で触れて、
「……あなたが、私の外面だけを見ていたのなら、別れることもまたたやすいのですから……」
震える瞼に、彼がキスを落とした。
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