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「例の親戚の子か。こんばんは。いつも、えーっとお姉さんにお世話になっています」
いっ、何で橘さん挨拶なんか。焦るけど、言葉が出てこない。まずい、親戚じゃないことは言ったけど、彼が食いついて否定したらどうしよう。
「……こんばんは。こちらこそいつもお世話になってます」
無難な受け答えでホッとしたのもつかの間。橘さんはわずかに目を見開き、すぐにまた笑顔を作った。七瀬くんもにっこりと笑顔を返す。講師のバイトで接客は慣れているのだろうか。こちらはどちらかが余計なことを言わないかひやひやする。
「ん。じゃあ、またな東谷」
「はい。お疲れさまでした橘さん、また」
橘さんの背中を見送ると何か言いたそうな目で七瀬広睦が私の顔をのぞき込んでいた。
「あ、えっと……お待たせ? 」
「うーん……俺はいつから親戚になったのか、ってことと」
「ごめん。電車で一緒にいるのを見られていて他の人が親戚って勘違いしたのをそのまま……」
パンっと顔の前で手を合わせて謝罪する。
一応否定はしたけど、この関係をどう説明していいかわからないし、そもそもいちいち会社の人に説明しなきゃならないのかってハナシだ。
「ふうん。で、その電車で一緒にいただけの俺が例のなんて言われるほど話題にあがったってことは……まぁ、悪くはない気分だけど、実際どうなの? 」
「どう? えっと、すっごいイケメンだって。やっぱり目立つんだよ。はは、会社の若い子たちも言ってたよ。新卒とかならあなたとはほとんど年がかわらないもんね」
「そう」
褒めたつもりだけど、この子には何も響かず、むしろ不機嫌になってしまった。スタスタと歩き始めるから、私も慌てて早足でついて行った。
「ちょっと、どこ行くの? 」
「え、だから泊まるとこだけど」
「本当に泊まるの……? 」
服の裾を持って彼を引き留める。
「そうだけど。そう言ったのに用意持って来て無いの? 俺は別に春美ちゃんちでもいいけど入れてくれなさそうだし、家だと帰ってって言いにくいっしょ? あと無理やりとか言われたら悲しいので、事前意思確認の意味もある」
機嫌が直ったのか照れくさそうに笑うからうっかり流されそうになる。そこ気遣いできるなら、他に気遣うべき大きな案件があるでしょうが。
「私は、やっぱり……」
「そういえば、私服って普段そんな感じなんだ? いつもと違うね」
この子にも指摘されてかぁっと顔が熱くなった。そんなつもりなかったけど、無意識でそんなつもりだった。
「そう、かな。ちょっとたまたま今日はカジュアルダウンというか」
「うん。可愛い。で、お泊りの用意は? 」
「……してる。一応。一応だからね! 」
そう、なんだかんだ言って泊まる準備も下着もそうしてる。出来ていないのは心の準備だけで……。
「はは、うん。行こ。こんなとこ立ってるのも意味わかんないし、まだ話さなきゃならないことがたくさんある、だよね? 」
いたずらっぽく笑う彼に手を引かれ、私はずっと心の中で言い訳を重ねていた。
そう、話さなきゃならないことがたくさんあって。
まだよく知らない人だけど、自分から声をかけて怪しむのはどうかと思うし、もし遊ばれてもあくまで自己責任で、そもそも大人側がもったいぶるものではないんじゃあ。でも、まだ学生なら私が諭すべき……。
結局何が正しいかわからないけど、自分が蒔いた種を振り切れないままここまで来てしまっていた。
シンプルなホテルの中、何となくリラックスできるくらい身支度を済ませると、彼はベッドに腰掛けた。私は彼に促されるまま向かい合う位置でソファに腰を下ろした。
緊張する。気まずいし、怖い気持ちもある。何を話していいか……きょろ、と目を泳がせた瞬間彼が先に口を開いた。
「大人ってさ、セックスから始まる恋もあんの? 」
ぶっ、と吹き出してしまって彼を見据える。いきなり、何!?
「はぁ、何!? 」
「はは。大人は付き合う前にやるのがオーソドックスって聞いたもんだから。付き合って直ぐとか、順序逆とか。わりと学生って手順踏むじゃん。記念日ーとか、旅行とか。そういうのすっ飛ばすのかなって。ほら、今日も初デートでホテルだし! 」
「オーソドックスなわけないでしょう! 今日だってあなたが! 」
カッとなって握りこぶしかかげると彼はゲラゲラ笑った。
「はー、冗談だって。『大人の恋』っての求めてんのかと思って。だって、3か月で結婚とかありえんでしょ。そこに身体の関係も何もかも詰め込んだらそんなスパンだよなって。……結婚、したいって聞いてるもんだからこっちもそれなりに考えていかなきゃな」
とか言いながらからかうように笑うことにムッとする。
「バカにしてるでしょ」
「いーえ。してません」
今度はわざとキリっとした顔をして見せた。
「絶対してる」
「はは、どうだろ。そろそろ緊張溶けた? なら話、しよっか」
こてんと首を傾げて微笑むと私の手を取った。ちょうどいい人肌の温度に、心がふわっと安らぐ。緊張してるの気づかれていたのが恥ずかしいし、その緊張を年下に気遣われていたたまれない。
「話を……」
「うん。お互いのこと何も知らないもん」
それでOKしたのは何でよ。告白した私が言えるものじゃないから黙ってるけどさ。
コメント
1件
読了しました〜!第13話、もうドキドキしっぱなしだったよ😭💕 「大人の恋」の話を真顔でぶっ込んでくる七瀬くん、何考えてるかわからなくて逆にエモすぎる…!緊張ほぐそうとしてるんだろうけど、こっちまで一緒に照れるわ!! お互い「知らない」ってとこから始まる感じ、すごくリアルで惹かれる。続きが気になりすぎるよ…!西原さん、今回も素敵なエピソードありがとうございます🌸
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