テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
LAST

143
183
「俺は七瀬広睦21歳。今年22歳になる。誕生日は11月27日。H大4年。学部は経済。バイトはこの前言ったか。講師は、今年受験生担当外してもらったから夏明けたらやめる。就職はSKグループで、配属とかはまだ。でも営業っぽいなーって感じ。あの何だっけなんたらテストで適正みたらそんな感じだった。社内公募制度があるからそのうち自分の行きたい部署いけるかもって人事の人は言ってた。俺的にはまだ自分に何向いてるかわかんないかなーってこんくらいでいい? 情報」
「いや、ねえすごくいい所に就職決まったんだね。そっか、でもバイトで塾講師とかできるってことは頭が良いんだね」
「まさか。講師は難しいよ。変に間違えたこと教えられないしね。社員の講師と情報共有して何とかやってる。俺自身は高3の夏休みは部活引退後ホッとしてぼーっとしてたら終わってて、親が慌てて塾やら何やら走り回ってた覚えある」
「夏休み遊んでH大!? それならもっと最初から取り組んでたらかなりいいとこ入れたんじゃないの!? 」
思わず食いついてしまって前のめりになる。
「それはどうだろ。そん時のそん時だから。大学なんて言われるがまま、あんまりピンとも来てなかったな。だから、塾では早くからだぞーなんて言ってる。どこでスイッチ入れるかだぞ、つって」
「自分の経験談……」
「そ、ぼーっとしてたらだめだってこと」
「随分巻き返したのね」
「あの頃ほぼ寝て無くて記憶飛んでる」
「寝てたから記憶ないんじゃないの? 」
「ああん? 」
からかうと怒ったふりをする。
「ははは」
楽しくて声を出して笑う。
「俺、部活ばっかしてて今考えたらブラック部活で彼女も出来たけど忙しくてあんまり続かなくて、引退して勉強ばっかして気がついたら大学生になってた感じ。それで、気づいてたらびっくりするくらいモテてた。モテてる自分に自分が一番驚いてたな。今は、モテることにも慣れて、ちょっと面倒……」
じと目で見てくるから
「ごめんて……」
ばつが悪く謝ると今度は彼がケタケタと笑った。そうだよ、よく知らないのに告白しちゃう私のような女が後をたたないってことね。
私が21歳の時は……。
21歳の時の私は――……21歳の彼を前に記憶へと想いを馳せる。
もちろんその頃の私はまだ学生で、同じ大学の先輩や同級生や、時々は後輩とみんなで出かけたり。バイト仲間ともよく遊んだ。
そのうち、その中で意識する子が出来て、気になり始めて……。よく目が合うようになって、初めて“2人で”って誘われた時に気になる程度だった気持ちが一気に“好き”にのし上がった。幸い私の好きになった子は遊び目的みたいなこともなく、ちゃんと付き合って、ちゃんと段階を踏んで、そういう関係になった。
特別だった。初めてのデートも告白も、手を繋ぐことも、キスも。それから身体の関係を持つことも。時間をかけて、じっくり……。
確かに年とともに関係を持つ期間というハードルは下がった気がする。身体の関係を持つ特別感は若い頃よりなくなってつき合えば“あたり前”のことになった。さすがにワンナイトはないけど、30過ぎた大人の恋愛では勿体ぶるものでもなくなってきた。
私にとっては、そうでも、今のこの子にとってはどうなんだろう。
「どうかした? 」
どうやら深く考え込んでいたらしい。顔をのぞき込まれていた。
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとして」
「うん。じゃあさ、そろそろ違うコミュニケーションにうつっていい? 」
「え、違うコミュニケーションって、むぐっ」
あっという間に私の口には彼の唇が押し当てられていて言葉の続きはなかった。
2秒ほどで唇を離し、私の顔を窺う。キラキラした子犬のような瞳で、どう?とばかり微笑んだ。
同意を求めているんだと思う。この先に進むための同意を――。
頭の中がぐるぐるする。
まだ早くない?でも、勿体ぶるものじゃないし、同い年、もしくは上。そのあたりの年齢の男性とならどうしただろう。罪悪感、何だろう、この気持ち。いいのかなって……。
「うん。何が問題? 」
私が無反応で、彼は、ははっと笑って腕組みすると私の横に座りなおす。
「まだ、気になっていることがある」
「おお、何でも聞いて、どうぞ」
「あなたの結婚歴。いつ結婚したのかなって」
すっと彼の顔から笑みが消え、目を伏せた。
「20歳の誕生日を3日後に控えた日。バツイチって言っても紙出しただけで、結婚生活はしてないんだ」
は?と首を傾げる私に彼は屈託なく笑った。
「彼女が結構年上で。当時28。うん。で、結婚したいのに俺がまだ学生だからってどうしようもないことで口喧嘩になって、私の事何も考えてない! 本気じゃない! みたいになって。俺は本気だし! ってことで」
……8歳差ってこと。え、じゃあ、彼女は10代の子と付き合ってたってこと。かなり、レアケースだと思うけど。頭の中で状況を整理する。
「結局、婚姻届けを? 出したってこと? 」
「婚姻届けって色んな種類あるの知ってた? 可愛いのが雑誌の付録に付いてたりダウンロードできたりするんだって。それを彼女は自分のところも書いて証人の欄も書いてもらったものをお守り代わりに持ち歩いてたんだ。幸せな結婚が出来るっていうジンクス。結婚したい人が出来た時に使うって……」
嘘だったね、そのジンクス。幸せになってないじゃない。私は心の中で吐き捨てる。かわいい婚姻届けに興味はあるけど、彼女も結婚に夢を持っていたのかな。
「それ取り上げて、書いて、突き出したら余計キレられて。無責任! とか、軽々しい! とか。あと……大事なそれ本当に好きな人を横に書きたいと思ってためっちゃ大事にしてた婚姻届けで、俺が書いたことにも腹が立ったみたい」
「いくら結婚したくても、届を出さなかった彼女は常識あると思う。やっぱり、出さないと思うよ。結婚したいってそういう手続きだけの問題じゃない。本当に好きな人、とか言うのはひどいと思う、けど……」
自分の恋人が学生、しかも10代だと結婚したいともなかなか言えないと思うな。結婚したくても相手はこの子じゃないと思ってしまうかも。
コメント
1件
あらすじ含めて拝読しました。20歳目前で婚姻届を出してしまった広睦くんの過去、重いですね。今のふたりの甘い雰囲気の中に、彼の傷がふと顔をのぞかせる感じが切なかったです。主人公の「いいのかな」という迷いもリアルで、年齢差と経験値の差が静かに効いてきそう。早くも続きが気になります。