テラーノベル
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一方、中学生になった妹の麗奈は、姉と同じ陸上部に籍を置きながらも、全く違う熱量で日々を過ごしていた。
毎日、近くの中学校へ通い、部活が終われば山奥の自宅へと帰る。
「……はぁ、今日も何もない」
静まり返った母屋で、麗奈は畳の上に大の字になった。
最初の頃は、誰もいない家で一人の時間を満喫していた。お気に入りの漫画を読み、静寂を楽しむ。けれど、そんなものはすぐに飽きた。段々と、この山奥の環境が、自分を窒息させる檻のように思えて仕方がなくなってきたのだ。
(お姉ちゃんは陸上で忙しいし、お父さんは毎日お店。私はここに置いてけぼり)
寂しさを紛らわせるように、麗奈はノートに絵を描き殴り、声を張り上げて流行りの歌を歌った。物置から埃をかぶった古いアコースティックギターを引っ張り出し、コードを指に染み込ませて弾き語りをしてみる。
「これ……誰か見てくれるかな」
ほんの悪戯心だった。自分のスマートフォンで、歌っている姿をSNSに配信してみた。画面の向こうには、誰もいないはずの山奥とは違い、無数の「誰か」がいた。
『可愛いね』『声、癒されるわ』
流れてくるコメントに、麗奈の胸は高鳴った。視聴者たちは、この山奥ではぐくまれた「純朴な少女」という記号に飛びつき、やがて画面越しに『投げ銭』を放り込むようになっていった。
ある日の配信中、麗奈は冗談半分で、近くの自動販売機に貼ってあったQRコードを画面に映してみた。
「誰か、これに投げ銭してジュース奢ってよー」
ピコン、と手元の端末が鳴った。次の瞬間、目の前の自販機がガタリと音を立て、冷たい缶ジュースが取り出し口に落ちてきた。
「え……?」
麗奈は総毛立つような恐怖と、同時に奇妙な全能感を覚えた。会ったこともない、名前も知らない誰かが、自分の指先ひとつの動きで、この山奥の物理的な現実を動かしたのだ。
(何これ……おかしい。この世界、なんか歪んでる……)
気味の悪さを感じつつも、麗奈の心は完全にインターネットの泥沼に囚われていた。彼女の中に、ひとつの明確な野心が芽生える。
(ここから出たい。この閉ざされた退屈な山から、一刻も早く飛び出すんだ。そのために、このお金を貯めて、都会で一人暮らしをしてやる)
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