テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
mogyumogyuGemi
646
mogyumogyuGemi
203
#AI
みら

110
第十四話 午前二時十三分の鐘
ゴォン――。
低く澄んだ鐘の音が、図書館中へ広がっていく。
その音を聞いた瞬間。
本棚の星々が、一斉に明滅した。
まるで呼応するみたいに。
⸻
司書の顔色が変わる。
「まずい……」
「え?」
「閉館時間です」
「閉館って」
私は思わず周囲を見る。
図書館はまだ静かだった。
でもよく見ると。
本棚の輪郭が、少しずつ透け始めている。
遠くの通路は、夜の霧みたいに崩れていた。
まるで。
この場所そのものが、現実から切り離され始めている。
⸻
「午前二時十三分から、次の鐘まで」
司書が早口で言う。
「それが図書館の存在可能時間なんです」
「存在可能……?」
「ここは現実に固定された場所じゃない」
彼は天井を見上げる。
「記憶と未練の狭間にある、一時的な観測領域です」
難しい言葉なのに、不思議と意味は分かった。
夢に近い。
でも夢じゃない。
“忘れられなかったもの”だけが辿り着く場所。
それがこの図書館なんだ。
⸻
返却拒否体は、まだ小さな光を見つめていた。
胸から零れた、青白い星の欠片。
その光は少しずつ大きくなっている。
『……あたたかい』
かすれた声。
『これ、は』
星がやさしく瞬く。
『あなたの“返したかったもの”です』
返却拒否体が震える。
『……かえしたかった』
ノイズ。
『ちがう』
『かえしたく、なかった』
『でも』
輪郭が少し崩れる。
『ちゃんと、おぼえていてほしかった』
その瞬間。
私はようやく理解した。
この存在は、“手放したくなかった”んじゃない。
“消えてしまったと思うのが怖かった”だけなんだ。
⸻
司書が静かに息を吐く。
「未練は、時々誤作動する」
「誤作動?」
「本当は“愛情”だったものが、“執着”として固定されることがある」
彼は返却拒否体を見る。
「怖かったんですね」
返却拒否体は答えない。
でも。
崩れていたノイズが、少しずつ静かになっていく。
⸻
その時。
図書館全体が大きく揺れた。
本棚が軋む。
星々が激しく瞬く。
司書が顔を上げる。
「……来る」
「なにが?」
彼は答えなかった。
代わりに、図書館の最奥を睨む。
そこには。
今まで閉じていたはずの巨大扉が、ゆっくり開き始めていた。
黒い霧。
冷たい風。
そして。
重い足音。
ゴン。
ゴン。
まるで巨大な何かが歩いてくる音。
⸻
私は息を止める。
「……あれ、なに」
司書の声が、初めてわずかに緊張していた。
「回収者です」
「かいしゅうしゃ……?」
「図書館に残留した異常未練を、強制返却する存在」
空気が冷える。
返却拒否体が怯えたように後退る。
『……いや』
星々が不安定に瞬き始める。
そして。
黒い霧の中から、“それ”が現れた。
人の形に近い。
でも顔がない。
代わりに。
頭部には巨大な時計盤が埋め込まれていた。
針は午前二時十三分を指したまま、止まっている。
⸻
回収者は、静かにこちらを向く。
すると空間に、無機質な声が響いた。
『観測領域異常確認』
『未返却感情体、複数』
『恒星干渉、規定外』
沈黙。
そして。
『――強制返却を開始します』
コメント
1件
ああ、もう、すごく良かったです……。特に「返却したくなかった」のではなく「消えてしまったと思われるのが怖かった」っていう心情の反転、ぞわっとしました。本棚の星が明滅するところ、幻想的で美しいのに切なくて。司書さんの「誤作動」って言葉も、すごく刺さりました。最後の回収者の登場、次が気になりすぎます……!