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「わあ、お客さんがたくさんいますね」
「意外と混んでいるな」
アクセサリーや食器、雑貨、書籍など、さまざまな品が取り揃えられたバザー会場は大勢の生徒たちで賑わっていた。
「向こうの売り場が比較的空いているようだ」
「本当ですね。では、まずあそこから見てみましょうか」
書籍が並べられた一画を訪れると、ちょうど視線を向けた先に見知った人物がいるのに気づき、ルシンダは思わず声をかけた。
「ユージーン会長、ジュリアン様!」
「……ルー?」
「ルシンダ様!」
少し驚いた様子のユージーンの横で、ジュリアンが嬉しそうに顔を輝かせる。
「お久しぶりです。またルシンダ様にお会いできて嬉しいです」
「私もジュリアン様に会えて嬉しいです。今日は文化祭の見学ですか?」
「はい。ぼくも再来年、この学園に入学予定なので、兄の在学中に見学しておきたいと思いまして……」
「僕の招待客として来てもらって、一緒に見て回っているんだ」
ユージーンがジュリアンの肩にポンと手を乗せる。
「そうだったんですね。ジュリアン様、文化祭はいかがですか?」
「いろいろな出し物があって、先輩方も生き生きされていて、とても楽しいです。建物も立派ですし、入学が楽しみになりました」
「それはよかったです!」
後輩の前向きな言葉に嬉しくなって微笑むと、ジュリアンが照れたように頬を赤らめた。
「あの、ところで……ルシンダ様とご一緒の方はどなたですか? ご友人……恋人の方とか?」
「いやいや、ルーの兄だよ」
ジュリアンの問いに、ユージーンが食い気味に答える。
「あっ、失礼しました! あまり似ていらっしゃらなかったので……」
「いえ、よく言われますので、お気になさらず。ご挨拶が遅れましたが、ルシンダの兄のクリスと申します。妹がお世話になり、ありがとうございます」
クリスが頭を下げると、ジュリアンが慌てて手を振った。
「いえ、そんな……! お世話になっているのは、ぼくのほうです。ルシンダ様は本当にお優しくて素晴らしくて、とても尊敬しているんです」
「……そうですか」
「はい。ぜひ、またルシンダ様を我が家に招待してもよろしいですか? 両親もルシンダ様のお好きな茶葉を用意して楽しみにしているので……」
「ええ、もちろんです」
「ありがとうございます!」
無邪気に顔を綻ばせるジュリアンに、クリスも穏やかな笑みを返す。けれど、その瞳にはどこか切ない色が宿っているようにも見えた。
「……ジュリアン、僕たちはもう行こうか」
「あ、はい。分かりました、兄上」
次の茶会の約束をし、笑顔で手を振ってルシンダたちと別れる。
「ルシンダ様のお兄様、優しそうな方でしたね」
ルシンダたちを振り返りながらジュリアンが言う。
「まあ、ルーには優しいな」
「そういえば、兄上はバザーは退屈でしたか?」
「いや、そんなことはない。どうしてだ?」
「あの、早く別の場所に行きたそうなご様子でしたので……」
ユージーンは、ああと納得した。たしかにさっきは早く立ち去ろうとしてジュリアンに声をかけたのだ。
せっかくルシンダと会えたので、初めはもう少し一緒にいるつもりだった。けれど、なぜか二人の邪魔をしてはいけないような気がして、珍しく身を引いたのだった。
「……今日は特別だからな」
クリスの後ろ姿に向かって、ユージーンが小さく呟いた。
◇◇◇
「お兄様、今度は雑貨を見てもいいですか?」
「ああ、もちろん」
書籍のコーナーを一通り見終えた後、ルシンダたちは雑貨売り場に移動した。
「ルシンダは雑貨が好きだな。街へ出掛けると毎回雑貨を見てるだろう?」
「はい、可愛いものとか雰囲気のあるものがたくさんあって、見てるだけで楽しいんですよね。ここはバザーだからか、普段見かけないような雑貨が多くて、とっても面白いです!」
テーブルや棚いっぱいに並んだ雑貨の数々に、ルシンダがきらきらと目を輝かせる。
「このガラス製のペーパーウェイト、すごく素敵……! こっちのキャンドルスタンドも小振りで可愛い……。あれ、この棒みたいなのは何だろう? ちょっと魔法の杖っぽいかも……」
夢中になって眺めていると、色とりどりの石が収められたケースが目に入った。
「わあ……この綺麗な石はなんですか? 魔石とはちょっと違うみたいですけど……」
思わず近くにいた売り子らしき女子生徒に尋ねると、彼女は眼鏡をくいと持ち上げて教えてくれた。
「ええ、これは魔石ではなくて、天然石よ」
「天然石……」
よく見ると、一つ一つに石の種類の名前が記してある。
オニキスやペリドットなど、前世のRPGゲームでアイテムとして登場していた石があるのを見つけ、ルシンダはひそかに興奮した。
ちなみに、魔石とは魔力に反応して何らかの効果を発揮する石のことで、魔石ごとに効果が決まっていたり、魔術師が効果を付与することができたりする。
一方の天然石は、魔力に対して特に反応することのない普通の石で、一般的に魔石と比べて安価だ。とはいえ、見た目が特に美しく希少な天然石は宝石として貴重がられている。
「天然石って、こんなに種類があるんですね。どれもすごく綺麗……」
「そうでしょう? これは私のコレクションなんだけど、今回バザーに出しているのはほんの一部だから、本当はもっとたくさんの種類があるのよ。よかったら触ってみる?」
「いいんですか? ありがとうございます!」
自分の趣味に興味を持ってもらえたのが嬉しいらしく、眼鏡の女子生徒が色々と解説してくれる。
「一部の天然石には魔石とは違ったパワーが宿っていると言われているの。たとえば、このシトリンには金運を上げるパワーがあるし、こっちのラピスラズリは幸運をもたらしてくれるわ」
「へえ〜」
前世の世界ならパワーストーンと言われても、ただの思い込みだと思ってしまいそうだが、魔石もあるこの世界では、天然石にも本当に不思議な力が秘められていそうで興味が引かれる。
「あの……ここに癒しのパワーがある石とかってありますか?」
ルシンダのふいの質問に、女子生徒が大きくうなずく。
「ええ、あるわよ。この中だったら、これが一番いいかしら」
そう言って彼女が取り出したのは、うっすら緑色に透き通った綺麗な石だった。
「グリーンアメジスト。強力な癒しのパワーで心身を癒してくれるわ」
「爽やかな色ですね。眺めているだけで落ち着く気がします。……うん、決めました。この石を買わせてください」
「分かったわ。金額はその値札の通りよ。この石はちょっと珍しいから高額なのだけど、魔石と比べればお手頃価格よ」
「はい、今日は多めに持ってきたので大丈夫です。えっと五千ラル……」
ポケットから財布を取り出そうとするルシンダに、今まで静かに見守っていたクリスが声をかける。
「ルシンダ。支払いは僕が……」
ルシンダの代わりに支払おうとしたクリスを、ルシンダが手で制止する。
「いえ、これは私が買いたいんです」
「だが……」
「私が買って、お兄様にプレゼントしたいんです」
「プレゼント……?」
特にプレゼントしてもらうような理由が思いつかず、クリスは不思議そうにルシンダを見つめる。
「……私の思い過ごしかもしれませんが、最近なんとなくお兄様の元気がないように思えて……。もうすぐ学園も卒業で、これからさらに忙しくなるでしょうし、少しでもお兄様を癒してあげられたらいいなと思ったんです。だから、これは私からプレゼントさせてもらえませんか?」
ルシンダがはにかみながら意図を明かすと、クリスは驚いたようにわずかに目を見開いた。
(ちゃんと受け取ってもらえるといいんだけど……)
そわそわしながらクリスの返事を待つルシンダだったが、数秒経っても反応がない。そうして、ふいにその頬に何かが触れるのを感じた。
「お兄様……?」
気づけば、ルシンダの頬にクリスの長い指が触れていた。
慈しむように、惜しむように、優しく撫でられる。
「えっと、その……プレゼントを受け取っていただけると嬉しいのですが……」
いつもの頭ではなく、頬を撫でられることに少し戸惑いながらもルシンダが尋ねると、クリスはハッとしたように手を離した。
「……ああ、ありがたく受け取らせてもらうよ」
「よかったです!」
「でも、せっかくだから僕もルシンダにプレゼントしたい。何か欲しい石はないか?」
まさかのプレゼント返しに、ルシンダは一瞬きょとんとしてしまったが、そのほうが楽しい思い出になるかもしれないと思い、笑顔でうなずく。
「ありがとうございます! そうしたら……あの、夢が叶うみたいな石はありますか?」
売り子の生徒に尋ねると、「それなら」と深い紅色の石が差し出された。
「これはガーネット。古くから神聖視されてきた石で、実りの象徴なの。これまでの努力を結実させて、夢を叶えてくれるパワーを持った石よ」
「それは心強いですね……! 色も大人っぽくて素敵で気に入りました」
指で摘んで光にかざしてみると、より鮮やかに輝いてとても綺麗だ。
「じゃあ、クリス様がグリーンアメジストで、妹さんがガーネットね。お互いにプレゼントし合うのって素敵だと思うわ。可愛くラッピングしてあげる」
そう言って、売り子の生徒はお洒落な袋に入れて可愛いリボンを結んでくれた。
ルシンダとクリスがそれぞれ代金と引き換えに袋を受け取り、相手へと手渡す。
「はい、お兄様。あまり無理しないでくださいね」
「ありがとう。……では、これは僕からのプレゼントだ。ルシンダが夢を叶えられるように」
「ありがとうございます。嬉しいです」
クリスはプレゼントを喜んでくれたみたいだし、自分も素敵なパワーストーンを贈ってもらえた。
(売り子さんのおかげでいいプレゼントができたなぁ)
感謝の気持ちを込めて笑顔で別れの挨拶をすると、売り子の生徒も笑顔を返してくれた。そして最後に思い出したように商品の説明を付け加える。
「そうそう、その石は二つとも恋愛にもパワーを発揮してくれるから、毎日身につけていると恋が叶うかもしれないわよ」
「こ、恋……?」
思わずクリスを見上げてしまったルシンダを、クリスが見下ろしてくすりと笑う。
「では、そうしようか」
何が「では」なのか。
なぜそれをそんなに優しい声で自分に言うのか。
なんだかよく分からないけれど、クリスの言葉を聞いて心臓が跳ねてしまった自分が一番よく分からない。
「もう、なんなの私……」
クリスの横で顔を赤らめてうつむくルシンダは、早く頬の火照りを冷まそうと一杯いっぱいで、誰かが自分をこっそり覗き見ていることなど気づきもしなかった。