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夢主の設定
・名前:真木梓音(まき しおん)
・キメツ学園高等部2年生
はじめてのチュウ
・・・・・・・・・・
僕には彼女がいる。高校生のお姉さんだ。
傘を忘れて困っている僕に、折りたたみ傘を貸してくれたのが出会いのきっかけだった。
男の僕が持っていても違和感のない淡いブルーの折りたたみ傘。名前も知らない先輩だったけれど、炭治郎や善逸、栗花落さんにも協力してもらって無事に持ち主のところに返すことができたんだ。
“学園三大美女”には惜しくも入らないけれど、梓音先輩だって可愛いと僕は思う。
見ず知らずの僕に迷いなく傘を貸してくれたあの日から、僕はそんな優しい先輩のことが好きになって。「付き合ってください」と何度も告白したものだ。
最初は僕のことを知らないから、と断られたけれど、昼休みを一緒に過ごしたり、放課後お喋りしに行ったり、と猛アプローチを繰り返して、ようやく心を開いてくれた梓音先輩とお付き合いすることになった。
可愛くて優しい梓音先輩。僕の大好きな彼女。人生で初めてできた恋人。誰かをこんなに好きになったのは生まれて初めてだ。
“初恋は実らない”って聞いたことあるけれど、僕の場合は違った。初恋が実り、想いを寄せた相手は初めての彼女になってくれた。
梓音先輩のことは好きだけれど。大好きなんだけれど。
最近の僕には悩んでいることがあった。
先輩と手を繋ぐまでしかしていないということだ。
いや、手を繋ぐのも嬉しいんだけれど。でも付き合って3ヶ月以上経つのに、それより先にいけていない。僕は先輩とハグもしたいし、キスもしたい。
先輩はどう思っているんだろう。
僕は先輩にとって何なのかな。ちゃんと“彼氏”として、“男”として見てもらえているんだろうか。
そんなある日。学級日誌を職員室に提出しに行った帰り。
誰かの話し声が聞こえて僕は足を止めた。
「なあ、どう思う?」
「いやいや、あれは真木のただの暇潰しだって」
「やっぱり?」
マキ?梓音先輩のこと?
「なんでよりによって時透かね」
「あんなちんちくりんの中坊と真木とじゃ釣り合わねえって」
「だよな!真木も本気じゃないだろ、絶対」
僕と梓音先輩のことを話しているんだ。
釣り合わない。暇潰し。本気じゃない。
高等部の名前も顔も知らない先輩たちの言葉がぐるぐると頭の中を巡る。
梓音先輩……。僕と付き合ってるのは暇潰しなの…?
僕は先輩のことが大好きなのに、先輩はそうじゃないの?
数日後。僕はいつものように梓音先輩と屋上で昼食をとる。
今日は他に誰もいない。
母さんが作ってくれたお弁当をつついてばかりで進んでない僕に、先輩が声を掛けてきた。
『…無一郎くん、何かあった?』
「え…」
『元気ないから。…何か悩み事?』
熱はないよね…、と僕の額に手を当ててくる。
僕は思い切って、何日か前に聞いてしまった会話の内容を話してみることにした。それとついでに、先輩が自分をどう思っているのかも知りたいし。
「……梓音先輩。先輩にとって、僕は何?」
『え?』
「僕のこと、どう思ってる?」
『何って…どうって……。無一郎くんは私の彼氏でしょ?大事な人だよ?』
不思議そうな顔で答えてくれる先輩。
「僕のこと、好き?」
『うん、好きよ 』
「男として見てくれてる?」
『うん。……なんでそんなこと聞くの?』
「…実はね……」
僕は数日前の知らない先輩たちの会話の内容を話した。
「…先輩、僕と付き合ってまだ手を繋ぐしかしてないから…。僕は先輩とぎゅってしたり、キスしたりしたいって思ってるんだけど、先輩はそうじゃないのかなって…」
本気じゃない。暇潰し。ちんちくりん。釣り合わない。
あの時耳にした会話が頭に蘇ってくる。
先輩は小さく溜め息をついて、真っ直ぐに僕を見つめてきた。
『誰がそんなこと言ってたかは大体見当がつくわ。でも気にしなくていいの。私は無一郎くんが好きだよ』
「…うん…」
『無一郎くんは、私が初めてお付き合いした相手なんだよね?』
「うん」
『そう聞いてたから、遠慮してた部分は正直あったよ。色んな初めての経験をするの、私が相手でいいのかなって。…あなたは私と違って清らかだから』
清らかって?
『私はハグもキスもしたことあるし、…その…、身体を重ねることも経験してるから。それは強引だったからカウントしたくないけど。…まあそれは置いといて』
先輩が僕の頬を優しく撫でる。
『これから経験する色んな初めてが、無一郎くんにとっていい思い出になってほしいなって思ってて。無一郎くんのこと、大事にしたかったの』
そうだったんだ……。
「…じゃあ、僕がしたいって言ったら先輩は気兼ねなくハグとかキスとかしてくれるの?」
『うん。無一郎くんがいいならね』
「僕は梓音先輩とがいいんだ」
『そう。…そしたら、ぎゅってする?』
「うん!」
僕の反応を見て、先輩が笑った。
「急いでごはん食べる!」
『うん。慌てなくていいよ』
悩みが解消された途端食欲が湧いてきて、僕は母さんの作ってくれたお弁当をあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさま!……先輩、ぎゅーしよ?」
『うん。…じゃあ、はい』
向かい合い、先輩がにっこり笑って腕を広げた。
ドキドキしながらそこにそっと抱きつくと、華奢な腕が僕を包み込んだ。
ふわっと拡がる柔軟剤の香り。身体の前面に感じる心地いい圧迫感。
「わ…柔らかい……」
『胸が?』
思ったことをそのまま口に出した僕に、先輩が可笑しそうに笑う。
「あ…えっと…、それもあるけど。…なんか全体的に柔らかい。先輩、僕とあまり身長変わらないのに、身体つきが全然違うなって…」
『まあ、男女で筋肉とか脂肪のつき方が違うしね』
「そっか」
すごいフィット感。安心する。ずっとくっついていたい。
ああ、僕いま梓音先輩とハグしてる。
嬉しくて先輩の身体にまわす腕に力が込もる。
「…先輩」
『なあに?』
「キスもしたい」
『急だね。…いいよ。じゃあ、目を閉じて』
「うん」
身体を離し、言われた通り目を閉じる。
『力抜いて』
「う、うん……」
ドッドッドッドッドッドッ……
心臓の音がうるさい。頭のてっぺんからつま先まで熱い。
サラ…
髪を撫でられる感覚。
先輩の顔が近付いてきているのが気配で分かる。緊張がMAXになる。
ちゅ
「!!」
おでこに柔らかいものが触れた。それが梓音先輩の唇だということに気付くまで、そう時間は掛からなかった。
ちゅ
次はほっぺたに柔らかいものが触れた。
ドッドッドッドッドッドッ……
どうしよう。ドキドキし過ぎて口から心臓が飛び出しそう。
次は…次こそは唇?
力を抜いてと言われたけれど、緊張で全身が硬直するのが分かる。
「…?」
少しの間があって、僕は再び、柔軟剤のいい香りに包まれた。先輩が僕をぎゅっと抱き締めていたのだ。
「…せんぱい?」
不思議に思って口を開くと、先輩が身体を離して困ったように笑った。
『無一郎くんガッチガチなんだもん。キスできないよ』
「だ…だって…緊張しちゃって」
耳まで熱を持っているのが分かる。
『まあ、そうよね。…ふふ。可愛い』
そう言って、先輩が柔らかく微笑んで僕の頬を撫でた。慈愛に満ちた、優しい笑顔だった。
『キスはまだ慌てなくていいんじゃない?』
「やだ!先輩とキスしたい!」
『でももうお昼休み終わっちゃうよ?』
「う……」
せっかくチャンスだったのに。僕がガチガチ過ぎてキスするのを躊躇わせてしまった。
『…ここだと気が散っちゃうか。余計に緊張するよね。……無一郎くん、私の家に来る?』
「えっ!?いいの!?」
彼女の家に行くなんて。いいのかな。こんな急に。
『いいよ。誰にも見られないし、ちょっとは緊張も解れるでしょ』
「でっ、でも、お父さんとかお母さんは?」
『ああ、いないよ。私ひとり暮らしだから』
そうなんだ……。
「…先輩の家…行きたい……」
『いいよ。じゃあ、続きは後でね』
「う、うん!」
キーンコーンカーンコーン
『あ、予鈴だね。無一郎くん、また放課後ね』
「うん!…先輩、もっかいぎゅーして」
『分かった』
一度経験してしまえば躊躇なくハグできるようになった僕。
再び梓音先輩に抱きつく。
あったかい。柔らかい。嬉しい。いい匂い。
名残惜しいけれど、授業に行かなくちゃ。
僕は渋々先輩から離れて、その場を片付けて中等部に戻った。
午後の授業はずっと上の空だった。
さっき先輩の唇が触れたところが熱を帯びている。
柔らかくてあったかかった。
ハグも嬉しかったなあ。身体が密着して、すごく安心したんだ。
放課後は……。僕、先輩の家に行って。それからついに唇にちゅーしちゃうんだ……。
そう考えただけで、胸の鼓動が速くなる。全身が熱くて授業に全く集中できなかった。
「無一郎、帰ろうぜ」
「あ、兄さん。…ごめん、ぼくちょっと予定があって」
「予定?今日は将棋もないだろ?」
そこで有一郎はピンときたようだ。
「梓音先輩と放課後デートか?」
「う、うん……」
「そっか。…あんまり遅くなるなよ?先輩だって女の子なんだから。暗くなって帰したりしたら危ないだろ」
「うん。遅くならないように帰るね」
「おう」
兄さんも梓音先輩のことは好意的に見てくれている。まあ、僕にとっての好きとは違うだろうし、そうじゃなきゃだめだけれど。
『無一郎くん、お待たせ』
「梓音先輩!」
ほんの数時間離れただけなのに、先輩に会えたのが嬉しくて顔が綻んでしまう。
『じゃあ、帰ろっか』
「うん!」
帰り道を並んで歩く。いつもは僕から手を繋ぐけれど、今日は珍しく先輩のほうから手を繋いでくれて。それがとても嬉しかった。
他愛のないお喋りをしながら歩く。時折目が合って、優しく微笑んでくれる梓音先輩。
『着いたよ』
「お…お邪魔します!」
アパートの中に入る。余計なフレグランスはなく、無臭タイプの消臭ビーズが玄関に置かれていた。
『手を洗うなら、そこが洗面所ね。タオルは棚の中にあるから、新しいの出して使って』
「うん、ありがとう」
先輩は奥に消えてった。キッチンと思しきところから水音が聞こえてくる。先輩はそちらで手を洗っているみたいだ。
手を洗い終えて、廊下を進む。
突き当たりの部屋がリビング兼寝室のようだ。
『適当に座ってね』
「うん」
もちもちの座布団の上に座る。
綺麗に片付いた部屋。
淡いグリーンのカーテン、それを纏めるクリスタルのデザインのカーテンタッセル、明るい色の壁紙、花びらみたいな形の可愛らしいデスクランプ、きちんと整えられたベッド。
女の子の部屋って感じ。可愛いなあ。
『無一郎くん、何飲む?コーヒー、紅茶、牛乳?りんごジュースもあるよ。あとココアも 』
「えっと、紅茶で」
『私ミルクティーにするけど、無一郎くんは?そのままがいい?』
「あ、僕もミルクティーがいい」
『了解。ちょっと待っててね』
鼻歌なんかうたいながら、先輩がミルクティーを淹れてくれている。
『はい、どうぞ』
「ありがとう」
テーブルに置かれたマグカップから、ふわりと湯気が立ちのぼる。
『よかったらこれも食べて』
「わ!可愛い!」
先輩がテーブルに置いたのは、レースペーパーが敷かれた平たいバスケット。そこには色んな形のクッキーが行儀よく並んでいた。ただお皿に並べるだけでもいい筈なのに、わざわざバスケットやレースペーパーを用意してクッキーを並べて出してくれたんだ。自分を“客人”としてもてなしてくれているのが伝わってきて、その気遣いが嬉しかった。
「もしかしてこのクッキー手作り?」
『うん、昨日暇だったから焼いたの。簡単なのしか作らないけどね』
「すごい!いただきます」
バスケットからクッキーを取り出して齧る。サクッとした食感と、バターの香りが口の中に拡がる。
ミルクティーも口に含む。こちらもいい香り。とても優しい味だ。
「美味しい!ミルクティーもクッキーもすごく美味しい」
『そう?お口に合ってよかった』
嬉しそうに笑って、先輩もミルクティーを少しずつ啜っている。
初めて彼女の家にお邪魔して緊張していたけれど、美味しいクッキーとミルクティーのおかげでそれもすっかり解れてしまった。
「……先輩」
『ん?』
「ぎゅーしたい」
僕がそう言うと、先輩はマグカップをテーブルに置き、静かに立ち上がって移動してベッドに腰掛けた。
『無一郎くん、こっちに来て』
「…!うん」
自分の隣をぽんぽんと軽く叩く先輩の横に腰掛ける。
わあ…ベッドふかふかだ。
『…あ、上着脱ぐ?窮屈でしょ。掛けてあげるから貸して』
「うん、ありがとう」
僕は学ランを脱いで先輩に手渡す。先輩はそれをハンガーに掛けて、そのへんにぶら下げてくれた。ついでに自分もブレザーを脱いでハンガーに掛け、カーディガン姿になった。
先輩が戻ってきた。
ベッドに腰掛けた状態で、昼休みのように向かい合う。
今度は僕のほうから先輩に抱きついた。上着1枚脱いだだけで、こんなにも密着度が変わるなんて。
先輩も優しく抱き締め返してくれる。しかも頭も撫でてくれるんだ。
心地よくて嬉しくて。僕は抱きついたまま、先輩の肩に、首元に、ぴたりと顔を寄せる。
そっと身体を離す。梓音先輩の硝子玉のように澄んだ瞳が僕を映していた。
とくん…とくん…とくん……
心臓が大きく脈打ち始める。
「先輩。約束通りキスしてくれる?唇に」
『無一郎くんがいいなら』
「うん、したい。でも僕初めてでどうしたらいいか分からないから、先輩教えて」
『…分かった』
先輩が視線を少し下にずらした。多分、僕の唇を見ているんだ。
僕も視線を落とした。梓音先輩のつやつやの唇が目に入る。
少しずつ、先輩の顔が近付いてくる。
僕はそっと目を閉じた。
その数秒後。
…ちゅ……
唇に、温かくて柔らかいものが押し当てられた。
目を開けると、先輩がゆっくりと顔を離していた。
『……どう?』
「ぁ…えっと……」
『…初めてのチューはどうだった?』
心臓がばくんばくん鳴っている。
顔が熱い。耳まで熱い。全身が火照っている。
でも。
「すごく…すごく嬉しい……」
『そう…よかった……』
僕の言葉に、目の前の梓音先輩も頬を薔薇色に染めて微笑んだ。
とても綺麗な笑顔だった。
「…先輩…もう一回キスして……」
『…うん』
そっと目を閉じる。
先輩の手が僕の顔に添えられる。
ちゅ……
「…んっ……」
…ちゅ……
ちゅう……
「ふ……」
先輩の唇が離れてはまた僕の唇に重なってくる。
ふわふわでプルプルの唇が。
ちゅ
ちゅっ……
角度を変えて、緩急をつけて。
ただ重ねるだけじゃなく、僕の唇を先輩の唇でそっと挟むように。
ドキドキする。全身が熱い。脳が痺れるような感覚。
大好きな人とのキスがこんなに気持ちいいなんて、幸せで胸がいっぱいになるなんて、知らなかった。
「…んぅっ…、はっ……」
上手く息ができなくなって、唇を離してしまった。
そんな僕の髪を、先輩が優しく撫でる。
『…好きよ、無一郎くん』
「しおんせんぱい……っ」
堪らず先輩の華奢な身体を抱き締めた。温かい。そして、僕は先輩から伝わってくる脈が速いことに気が付いた。
「…先輩、ドキドキしてる?」
『あっ…当たり前でしょ…!』
嬉しかった。僕だけじゃなかったんだ。先輩も僕にドキドキしてくれていたんだ。
ふう…、と小さく溜め息をついた梓音先輩。顔を上げて、再び僕をその澄んだ瞳に捉えた。
『無一郎くん。私ね、あなたが思ってる以上に無一郎くんのことが大好きなんだよ』
「え…」
『私、一度好きになった相手はとことん好きになるから。離さないわよ。覚悟してね?』
先輩の口角が弧を描いた。なんだか色っぽくてさっきと違うドキドキが胸に拡がる。
「っ…僕だって!先輩のこと大好きなんだから!離れるつもりないからね!」
思い切って先輩に口づけようとしたら、勢い余って額同士がぶつかってしまった。
『ぁいたっ』
「あっ…、ごめんね先輩」
『…ふふ。大丈夫よ』
顔を見合わせて笑い合って、今度こそちゃんと唇を重ねる。
好きな気持ちが溢れて、そっと指を絡ませる。
唇を離し、ぎゅっと抱き締め合う。
嬉しくて幸せで、じわりと涙が滲む。僕はそれをそっとシャツの袖で拭った。
「梓音先輩…大好きだよ」
『私も無一郎くん大好きよ』
ああ、なんて幸せなんだろう。
ずっとこうしていたい。離れたくないなあ……。
「……先輩」
『なあに?』
「今日泊まっちゃだめ?」
『え!?』
驚いたような声をあげる先輩。
「だって離れたくなくなっちゃって。もっと一緒にいたい」
『…そう思ってくれるは嬉しいけど……。ご家族に何て説明するの?正直に彼女の家に泊まるって言うの?』
「う…それは……」
僕が口ごもると、梓音先輩は眉を下げて微笑んだ。
『素直に説明できないなら、お泊まりはまだ早いよ。“友達の家に泊まる”とか、いちばん身近な存在のご家族に対してそういう嘘もよくないし、私は無一郎くんにご家族に嘘をつかせたくはない』
「…うん……」
『お休みの日にでもまたゆっくり遊びにおいで。その時は一緒にごはんでも作って食べよう』
「うん!」
嬉しかった。また来ていいんだ。
「…じゃあ、今日はちゃんと帰るね。手ぶらで来ちゃったから、 次来る時は何か買って持ってくる!」
『気にしないで。気軽に手ぶらで来ていいからね』
「それは……。あ、前に先輩が気になるって言ってたケーキ屋さんのロールケーキ買ってこようかな」
『ほんと?嬉しい』
「それで決まりだね!……じゃあ、僕帰るね」
『うん。送って行くよ』
先輩が僕の学ランをハンガーから外して手渡してくれた。
『これ、よかったら持って帰って』
クッキーも包んで持たせてくれた。
「ありがとう!兄さんにも食べさせるよ」
『うん』
先輩の家は僕の自宅からそんなに離れていなかった。
まだそんなに暗くないし、道も分かるから1人でも大丈夫そうだ。
玄関先で靴を履き、自分も靴を履こうとする先輩を制止する。
「先輩。ここでいいよ。僕1人で帰れる」
『でも……』
「大丈夫。僕を送った後で先輩を1人で帰すのも心配。僕は男だから平気だよ」
『そう?…最近は男の子を狙う変態もいるから油断しちゃだめよ』
「充分気をつける。帰ったら連絡するから心配しないで」
『…分かった』
今度は先輩のほうから僕を抱き締めてくれた。
そして、唇に優しくキスをしてくれた。
『気をつけてね』
「うん、ありがとう。お邪魔しました」
もう一度軽くハグをして、僕は梓音先輩の家を後にした。
『無一郎くん!』
「え?」
声のしたほうを見ると、ベランダに先輩の姿が。
『また学校でね!』
「うん!またね!」
笑顔で手を振り合って、何度も振り返りながら僕は家路についた。
「ただいま」
「おかえり」
家に着くと、有一郎が声を掛けてきた。
「放課後デートは楽しかったか? 」
「うん。梓音先輩の家に行ってきた」
「は!?」
「これ、おみやげ。先輩が焼いたクッキー。美味しかったよ」
「あ…ああ。サンキュ」
手渡されたクッキーを早速口に運ぶ兄さん。美味し…、と声が漏れる。夕ごはん前なのにな。
「……先輩の家に行って…何したんだ…?」
「他愛のないお喋りして……。えっと…ハグとキスした」
「えぇっ!?」
目を見開く兄さん。顔を赤くして詰め寄ってくる。
「ちょ、詳しく!」
「わ、分かったから!声が大きいよ!」
「!ごめん…」
兄さん、こういう話に興味あったんだ。意外だな。
「2人とも、ごはんよ〜!」
母さんの声だ。
「「はーい!」 」
恋バナは後にして、僕たちは食卓についた。
「母さん、牛乳も飲んでいい?」
「いいわよ」
テーブルに並んだ食事。食べ盛りが2人いるから今日のどのメニューも大盛りだ。
たくさん食べて大きくなろう。筋肉をつけよう。牛乳も飲んで背を伸ばすんだ。
今はあまり変わらないくらいの身長の梓音先輩を、いつか追い抜いて軽々とお姫様抱っこしてあげるのが僕の夢なんだ。
先輩。ずっと一緒にいようね。
今度は僕のほうからたくさんキスするから。
僕も先輩を離すつもりないから。覚悟しといて。
初めてできた彼女を、僕はずっと大切にすると誓うよ。
終わり