「これはどうなってるの?」
アンジェは驚きの表情で、包帯を外す。すると手に炎が宿り、そのまま体の中に吸収されていく。爛れていたはずなのに、元の紅葉みたいな綺麗な手に戻っている。
何が起こったのかというと、実はあの赤いドラゴンは特殊な性質を持っており、炎の力を吸収することができたのだ。今頃になって吸収したのは、とても遅いが微笑ましい。
アンジェは風と炎の魔法、両方が使えるようになった。これはとても珍しい。これで、両親からも褒められるだろう。よかったな!
感心していたら、ずっと首にかけていた姉の形見の橙色が白く光り、辺りを包んでいく。触手を一瞬で破壊したのだ。粉々に砕かれ、捕まっていた四人全員抜けることに成功した。
アズキールはそんなこと到底許せない。もう一度触手攻撃をしようとした瞬間、アンジェの目がルビーのように真っ赤に燃え上がる。何かが憑依していた。
光のオーラで、アズキールを覆う。
そこにいたのはアンジェではない。白い服を着た天使の翼を生やしている美しい女だ。
「アズキール、もうおやめなさい。このようなことをしても、貴方は幸せになどなれません」
「女神様……」
彼女の正体は、この国にある宝石「ルーペント」を作り上げた張本人、女神のサブリエルだ。
彼女はカノーカ王国の第一代目の女王で、悟りを開いたことにより女神になったのだ。
優しい声でアズキールを諭す。
「貴方は力でねじ伏せているだけです。全ての人は貴方のせいで不幸になり、国が滅んでしまいました。とても可哀想だとは思いませんか?人間は確かに欲深い生き物です。しかしその感情をうまく使いこなせれば、皆ハッピーな気持ちになれるのです。否定すれば、ワクワクする気持ちもや悲しい気持ちも湧きません。エミリのことも心から愛しているのなら、自分から思いを伝えればいいだけなのです。自分の欲のままに、思いを伝えなさい。断られたらまた新しい相手を見つければいいのです。頑張りましょう」
「うるせえんだよ、クソ女神!俺はエンジェルを心から愛しているし、人間は皆俺のことをいじめてからかってくるんだ」
歯を噛み締めて、自分の歪んだ意見を述べる。
彼は生まれてからシプリートの行動を夢に見ていた。弟のドミニックに蹴られ暴力を振われたり。姉のフローリスにいたずら書きをされた。その怒りが蓄積して、人間が醜く感じるようになった。
そしてエミリは、アンジェが産まれるまではたまに訪れて唯一優しく接してくれた。笑顔が可愛くて、癒される存在。
だがその笑みはアズキールに向けているのではなく、シプリートに向けているもの。
憎しみと怒りが徐々に積み上がり、ストレスが爆発。人間を潰すようになった。だからそんな理想論、成り立つわけがない!
「そんな理想な世界なんて、あるわけねえだろ!みんながみんなやさしかったらな、それは宗教みたいなものだ。消えてくれ」
「そうですか。わかりました。私は貴方を諭すことはできないようですね。私にはもう力がありません。この場所を去ろうと思います。では」
真っ白な光が消えて、元の場所に戻ってくる。
しかしその場所にはプロストフやシプリート、カロリーヌやザールがいなくなっていた。地面にはアンジェが倒れているだけ。
彼女に近づいて襟元を握りしめ、憎しみのあまり持ち上げて叩きつけようとした瞬間。後ろからエンジェルが止めに入る。彼女は目から大粒の涙を流し、心配している。
「もうやめて!そんなことしても何にもならないわ!」
「なんだと!意識を取り戻しやがって!また、洗脳してやる」
「きゃ!」
二人で魔法同士の喧嘩をしている際、壊れた建物の中でシプリートは父上に話を伺っているところだった。
「父上。あの橙色のペンダントは一体なんですか?」
「あれはカノーカ王国の第671代目の王がルミリア国に与えてくださったオーパーツの一種だ。長くにわたり女神を封印。カノーカ王国と同じく、ルミリア国の繁栄を支える長女に送られた。今回自ら出てきた理由は、恐らくカノーカ王国が危機的状況だからだ。しかし女神は長いこと封印されていたことになより力がない。彼を倒すことはできん」
「女神でも倒れないとなれば……どうやったら倒せるんですか?」
「一つだけ方法がある。これはあまりしたくないがな……。息子を犠牲にすることになる。父親として、それだけは避けたい」
プロストフは、真っ青な顔をする。シプリートと幼い頃にたくさん遊んだ出来事を思い出してしまうので、尚更口籠る。
この状況から相当教えたくないようだ。しかし、身を乗り出して話を伺うため説得に持ちかける。
「あいつを倒さないと、この国……いや、この星はあいつのものになってしまう。そんなこと絶対に許せない。だから……」
「……わかった。教えよう。あいつを倒せる方法、それは……お前がアズキールの体を乗っ取りアズキールの心の闇を支配する方法だ」
それを聞いた後、動き回って闇魔法を放つアズキールの方へ視線を移す。
彼を乗っ取れば、この世界に平和が訪れる。自分を犠牲にしてまで、シプリートは彼の体を奪うことにした。例え自我を無くしても、エミリが好きなのは変わらない。
カロリーヌもアンジェももちろん大好きだ。だが、この闇を抑え込むことができれば本命のエミリの洗脳はなくなり告白することができる。
シプリートは拳を握りしめて、彼を乗っ取ることを誓った。もう後戻りなんてしない。弱い自分とは、おさらばしなければ。
「父さん。僕、します」
「正気か!アズキールに意識を乗っ取られる確率が高いんだぞ!」
「それでもします。1%でも世界を救えるなら、僕はそれに賭けます。もう戻りません」
シプリートの死を覚悟している眼差しを見て、プロストフは止めることができなかった。むしろ応援だけでも……。
この方法はアズキールを祠に祀った後、大賢者がしてくれた方法だ。しかし、危険が伴うのも事実。彼はただ手を組んで祈るしかなかった。
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