書斎の中。
先刻のことに関してナディエルが一生懸命宥めてくれるけれど、リリアンナの気持ちは一向に上向かない。
それもそのはず。ナディエルもおおむねクラリーチェと同じように思っていることが言葉の端々に出ていたからだ。
「リリアンナ様。クラリーチェ先生のお気持ちも汲んで差し上げて下さいませ。……それに、ランディリック様も先生の言葉できっとことの重大さに気付かれただけですわ。どうか責めないであげてください。実は私も常々お嬢様があんな高いところに上がっていらっしゃると思うと……肝が冷えていたんです」
ナディエルも、リリアンナが一人で馬の背に乗ることは賛成じゃないらしい。
何だか四面楚歌な気がして、リリアンナの心はざわついてしまう。
ちょっと前まではランディリックだけはリリアンナの味方だったのに――。
ナディエルはオオカミに襲われたことが相当トラウマになっているらしく、未だに厩舎へ近付くことが出来ないのだから仕方がないのかも知れない。それに、考えてみればクラリーチェも同様なのだ。
「ナディや先生は知らないけど……私、本当に馬に乗るの、上手になったのよ?」
カイルがこの場にいてくれたなら、味方をしてくれるだろうか?
(でも……ランディまであちら側についてしまったことを思うと、それも期待できないかもしれないわ)
そんなことを思いながらも懸命にナディエルへ言葉を連ねてみたリリアンナだったけれど、彼女の曇り顔を晴らすことが出来ないことが、もどかしくてたまらない。
そんな折のことだった。ノックの音が二人の会話を中断する。ナディエルがそれに応じて扉を開けると、クラリーチェとランディリックが連れ立って入ってきた。
机上へ、腕に抱えていた何本もの領地図の束を置くランディリックの姿を横目に、リリアンナの胸の奥がざわりと揺れる。
(……どうしてランディが先生と一緒に?)
きっと教材の量が多すぎたからだ。でも――。
(そんなの、いつもならセドリックがすることじゃない)
だとしたらランディリックはきっと、荷物持ちを理由に、馬の話の続きをしに来たに違いない。
(それは分かるけど……)
理屈は通る説明が自分自身の中でストンと落ちたのに、リリアンナの胸の奥にはそれとは別のなんだかよく分からないモヤモヤが湧き出ていて、我知らず形の良い唇をきゅっと引き結んでしまう。
(ランディ、私がいないところで、クラリーチェ先生と二人きりでさっきのことをずっとお話してたってこと……?)
領地図が保管された保管庫は屋敷の片隅。資料を日光で炒めないため、窓のない薄暗い密室にある。
そこで二人が距離を詰めて話しているところを想像したリリアンナは、何故だか分からないけれど胸の中のモヤモヤとした嫌な気持ちがゆっくりと膨れ上がっていくのを感じた。
コメント
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あらあら、リリアンナちゃん、それは(ワクワク)