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「ん……?」
フォルダには【朱里】とつけられ、ズラリと私の写真が並んでいる。
家の中でコソッと撮ったらしきものや、寝顔を激写したもの、デートしたレストランではにかんで笑っているものとか、沢山だ。
「……俺がこんなにも夢中になって、思い出をとっておこうと思う相手は朱里しかいない。昔は今ほど心の余裕がなくて、食事にしろ風景にしろ、写真に収めておこうなんて気持ちは起こらなかった。……ま、旅行した時は別だけどな。……だから俺は宮本の写真も持ってないんだ」
「……宮本さんの写真、持ってないんですか?」
私は意外に思って目を丸くする。
「当時、飲み会とかで写真を撮っていた奴はいて、みんなと一緒の写真なら誰かが持ってるかもしれない。でも俺が〝誰か〟を撮る事はまずなかった。……朱里は中村さんと気軽に写真を撮るかもしれないが、俺はそう簡単に人の写真を撮らないんだよ。……涼の写真を見せた時も、大学生時代のやつだったろ? 頻繁に会う親友ですら、その扱いだ。会社の人なんて写真に撮ろうとも思わないんだよ」
彼はスマホをポケットにしまい、私の手を握ってまたゆっくり歩き出す。
「……まともな家族写真を持ってなかったからかな。篠宮家に引き取られたあと、それまで母が撮っていただろう、子供の俺や妹の写真がどこにいったのか分からないんだ。だから、俺の手元には家族写真がないし、『大切な人を作ってもどうせ失う』っていう諦めが常にあった。……だから俺は、人の写真を撮るのが好きじゃないんだ。……〝大切な人の写真〟にコンプレックスがあるのかもしれない」
尊さんはそう言ったあと、溜め息をつきつつ笑う。
「『家族写真すら持っていない俺が、今さら誰かの写真をとって記念に残そうとするのかよ』って、心の中でもう一人のひねくれた俺が言うんだ。……先日の朱里のお父さんの話にも繋がるけど、写真って『この瞬間をとっておきたい』と思う場面を切り取るものだろ? ……俺はそう思えるほど周囲のものに感謝できていなかった。……幸せじゃなかったんだ」
私はギュッと彼の手を握る。
「暗い話になって悪かったけど、今は違うからな? 朱里はコロコロと表情が変わって一緒にいて楽しいし、お前がうまそうに飯を食う姿を見るのが、何より好きなんだ。朱里と一緒にいると、先日のランドだって『らしくねぇ』って思ったけど、すげぇ楽しくて記念に残したくて色々写真を撮った。……お前が俺の世界を変えてくれたんだよ。それは誇って、自信を持ってくれ」
「……はい」
頷いた私は、両手でピシャッと自分の頬を叩いた。
「もう大丈夫!」
「あんまり強く叩くなよ? その大福みたいなほっぺは評価してるんだから」
「お腹の次はほっぺですか!」
私は思わず、尊さんに評価されてるお腹をさすりつつ突っ込む。
「朱里の体は、全身どこをとっても愛しいし、可愛い。評価してるよ」
「もぉ……」
私はむくれたあとに破顔し、再度尊さんの手を握ると彼に寄り添った。
**
翌日、私たちはまた路面電車に乗って、今度は立町駅で降りた。
昨日の八丁堀駅より一駅すぎただけで、場所はほぼ変わらない。
電車から降りて左手にある牛丼屋さん前で、宮本さんが待っているとの事だけど……。
ドキドキして横断歩道を渡ると、赤い看板の前に日傘を差した女性が立っている。
「……速水くん?」
そう呼びかけられ、何より私がドキンッと胸を高鳴らせてしまった。
おそるおそる女性を見ると、ショートヘアの爽やかな印象の女性が立っている。
耳ぐらいまで前髪を伸ばして真ん中で分けた彼女は、色白で頭が小さい。
耳には大ぶりなピアスがあり、痩身には紺とアイボリーのボーダーのカットソーと、インディゴのワイドデニムを身に纏っている。
ナチュラルメイクに薄付きのリップがとても彼女らしいと思った。
まるでこの季節にぴったりな、爽やかな夏の風みたいな女性だ。
「……宮本か?」
「うん。今は夏目だけど、ややこしいから宮本でいいよ。お久しぶり! そっちが婚約者の上村朱里さんだね? こんにちは。初めまして。ようこそ、広島へ」
彼女はまるで以前から私を知っていたように温かく迎えてくれ、魅力的に笑う。
尊さんはそんな彼女が見て泣きそうな表情になり、その場で綺麗な一礼をした。
「…………お久しぶりです」
頭を下げた彼を見て、宮本さんも一瞬泣きそうな顔になる。
けれどニコッと笑うと、道の奥を指さした。
「お店、予約してるから行こうよ。パフェの美味しいお店なんだ。話をして、終わったら夫と子供を呼ぶから、みんなでご飯を食べよう」
「……分かった」
そのあと、私たちは中の棚商店街にあるカフェ『chano-ma広島』に入った。
コメント
1件
宮本さん登場!いよいよですね…ドキドキ お互い率直な気持ちを伝え合える、よき再会となりますように🍀