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◆ ◆ ◆
豪華客船《オルフェウス》号・夜
甲板を吹き抜ける風は冷たく、海面には細かい光の粒が揺れていた。
その静寂を―― 甲高い悲鳴が突き破った。
「きゃああああああ!! だれかっ!!」
ハレルは廊下を歩いていた足を止めた。
木崎が振り返る。
「今の声……プールの方だ!」
二人は顔を見合わせると、同時に駆け出した。
◆ ◆ ◆
船上プール
夜間照明に照らされたプールでは、数名の乗客がざわめいていた。
柵の外から身を乗り出し、指差して叫ぶ。
「誰か落ちてる!」「早く助けろ!」
水面には――
白いワンピースを着た若い女性が浮かび、
もがくように手を伸ばして沈みかけていた。
「サキ、離れてろ!」
ハレルが叫ぶより先に、
サキが迷いなくプールサイドに身を乗り出した。
女性の指先がかすかに揺れる。
ハレルと木崎、それに周囲の乗客も加わって女性を引き上げた。
濡れた髪が床に貼りつき、肩で必死に息をする。
その服の裾――
黒く焼け焦げた跡が丸く広がっている。
(焦げ跡……?)
胸がざわついた。
サキは女性の背を支え、やさしく声をかける。
「大丈夫……? 怪我してない?」
女性は震える唇で、か細く呟いた。
「た……たす、けて……
あ、あの……後ろから……急に……押されて……」
木崎が眉をひそめる。
「押された? 誰に?」
木崎が身を低くして尋ねる。
女性は唇を震わせながら――
「転移者に……突き落とされたの!」
周囲の男性客がざわりと振り返る。
「てんいしゃ……? なんだそれ……?」
ハレルの心臓が跳ねた。
(転移者……!? )
木崎がすばやく身を低くして聞く。
「そいつはどこへ行った!?」
女性は震える指でプールサイドの影を指した。
「あっち……! 薄い影が……逃げて……!」
ハレルと木崎は反射的に動き出す。
「行くぞ木崎さん!」
「おう!そいつを捕まえてやる!」
プールデッキから駆け出した。
「木崎さん、クルーに伝えよう。サキ、彼女をお願い!」
「うん、任せて。大丈夫、私がついてるから!」
走りながら、ハレルの思考は渦を巻く。
(おかしい……“転移者”なんて単語、船の中の誰も知らないはずだ。
俺と木崎とサキ……あと涼だけ。
クルーにも客にも俺は話していない)
「……木崎さん、僕が居ない間に乗客に”転移者”の話はした?……」
「いや?、する訳ない」
そのとき、ハレルの胸のネックレスが――
ピクリ、と反応した。
(……まさか)
ハレルは目を見開いた。
「木崎さん、戻る!!」
「はあ!? まだクルーが――」
「いいから!! 今すぐ!!」
二人は方向を反転し、全力でプールへと走り返した。
◆ ◆ ◆
プールサイド
サキは女性を抱きかかえたまま心配そうに見つめていた。
「もう大丈夫……! 怖かったね……」
女性が、呼吸を整えながらサキを見つめる。
「ありがとう……クモダ、サイちゃん……」
サキはきょとんとする。
「え? 違うよ、クモガサキ……だけど……」
女性はぼんやりした笑みを浮かべるが、その目だけは妙に澄んでいた。
その瞬間――
女性はサキの手首を掴み、ぎゅっと強く握りしめた。
ぞっ……と、氷の爪のような痛みがサキを貫く。
サキが悲鳴を上げかけた、その時――
「サキ!! 離れろッ!!」
ハレルと木崎が、息を切らして駆け戻ってきた。