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こよい
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第9話:CWのド正論パンチ〜夢見る四十歳と、凍てつく現実〜
「はい、これでWeb履歴書の登録と、一次面接の応募が完了しました。お疲れ様でした」
四畳半のボロアパート。
リスナーが送りつけてきた三十万円……ではなく三万円のゲーミングチェアに深く沈み込みながら、俺は完全に魂が抜けた顔で天井を仰いでいた。
ケースワーカーの鈴木さんは、手元のノートパソコンをパタンと閉じ、満足げに微笑んでいる。
俺は今、彼女の監視下のもと、言われるがままに『完全リモート・データ入力業務』という求人にエントリーさせられてしまったのだ。
「面接は来週の火曜日、午後二時からです。いただいたスーツを着て、リングライトをつけて、万全の態勢で臨んでくださいね」
「……はい」
消え入るような声で返事をする。
冗談じゃない。俺は四十年もの間、社会の荒波から逃げ続けてきた筋金入りのニートだ。今さら面接官の「弊社の志望動機は?」なんていう茶番に耐えられるわけがない。
だが、このままでは本当に来週、地獄のWeb面接が始まってしまう。
俺は最後の力を振り絞り、一つの「切り札」を切る決意をした。
「あ、あの! 鈴木さん!」
「はい、なんでしょう?」
「実はですね……その、さっき『動画配信でバズった』って言ったじゃないですか」
俺は身を乗り出し、必死に言葉を紡いだ。
「今はまだ一円にもなってないんですけど、このままいけば……そのうち、ネットの広告収入とか、そういうので生活できるようになるかもしれないんです! だから、その……結果が出るまで、就職活動は一旦保留にするとか、そういう猶予をもらえたり……」
言った。ついに言ってしまった。
「YouTuber(VTuber)として食っていくから、就活はしない」という、現代の若者が親に言って泣かれるセリフ第一位を、四十歳のおっさんが市役所の職員に向かって放ったのだ。
恥ずかしさで顔から火が出そうだったが、背に腹は代えられない。バズっているのは事実だ。この数字のポテンシャルを説明すれば、ワンチャン「自立に向けた活動」として認められるかもしれない。
しかし。
俺の決死の訴えを聞いた鈴木さんは、表情を一切崩すことなく、スッと眼鏡の位置を直した。
「なるほど。インターネットの動画配信で生計を立てる、と」
「は、はい! だから今はその準備期間というか……」
「……魔王さん」
鈴木さんの声が、スッと一段階低くなった。
部屋の温度が、急激に五度くらい下がった気がした。
「おっしゃる通り、現代においてインフルエンサーとして独立し、大きな収入を得ている方がいらっしゃるのは事実です。しかし、お聞きします。来月も同じように稼げるという『保証』は、どこにあるんですか?」
「えっ……」
「動画の再生数というものは、水物です。仮に来月、奇跡的に十万円を稼げたとしましょう。ですが、その次の月に飽きられて収入がゼロになったら? 結局、あなたはまた保護費に頼ることになります」
鈴木さんの言葉は、寸分の狂いもない名刀のように、俺の甘い幻想を切り裂いていく。
「生活保護制度の目的は、あなたが『安定して』自立した生活を送れるようにすることです。一時的なあぶく銭で生活ができたとしても、それは自立とは呼びません。社会的信用も、厚生年金も、雇用保険もない状態です」
「う、うぅ……」
「それに、四十歳という年齢を考慮してください」
トドメとばかりに、鈴木さんは冷徹な事実を突きつけた。
「今、この瞬間の『空白期間』が一日延びるごとに、企業への就職率は統計的に下がっていきます。夢を追うのは自由ですが、それは『自分で稼いだお金』で、自分の責任において行うものです。国が支給する最低生活費(税金)を命綱にして、ギャンブルのようなネットビジネスに挑戦するための制度ではありません」
「…………ッ!!」
ぐうの音も出ない。
反論の余地が、一ミリたりとも存在しない。
ジェミニに論破された時よりも遥かに重く、鋭く、そして「正論」すぎるパンチが、俺の鳩尾に深く突き刺さった。
「就職活動は、続けてください。来週の面接、結果報告をお待ちしておりますね」
鈴木さんは完璧な一礼を残し、四畳半のドアを閉めて去っていった。
残されたのは、圧倒的な敗北感と、来週に迫った「Web面接」という現実だけだった。
数時間後。
すっかり日の落ちた暗い部屋で、俺は死んだ魚のような目をしながら、配信の『LIVE』ボタンを押した。
「……あー。お前ら、聞いてるか」
同接は今日も7,000人。
俺がマイクの前で口を開いた瞬間、待ってましたとばかりにコメント欄が爆速で流れ始める。
『おっさん生きてた!』
『鈴木の家庭訪問どうだった!?』
『スーツバレた?』
俺は安物のマイクを両手で握り締め、深く、長く、魂の底からため息をついた。
「……来週の火曜日。俺、Web面接受けることになったわ」
『ファッ!?』
『マジで!?』
『展開早すぎワロタwwww』
『鈴木有能すぎるだろwwww』
『魔王(面接予定)』
「笑い事じゃねえ!! お前らが余計な照明とスーツなんか送るから、完全に逃げ道塞がれたんだよ!! なにが『リングライトは就労意欲の輝き』だ! 自分で言ってて死にたくなったわ!!」
俺は机をバンバンと叩きながら、今日あった地獄の家庭訪問の全貌と、鈴木さんから喰らった『ド正論パンチ』のすべてをリスナーにぶちまけた。
「『夢を追うのは自分で稼いだ金でやってください』だってよ! ぐうの音も出ねえよ! 正論すぎて耳から血が出るかと思ったわ!!」
『鈴木の正論パンチ強すぎww』
『これには魔王も涙目』
『ぐう聖論』
『生活保護おじさん、ついに社会復帰編突入!』
「復帰したくねえよ! なんで俺がこんな目に……ッ! お前ら、来週の火曜日まで絶対配信見に来いよ! 面接の練習手伝え!! じゃないと俺、プレッシャーでマジで胃に穴が開くからな!!」
リスナーのコメント欄は、かつてないほどの『草(w)』で埋め尽くされていた。
おっさんが面接の恐怖に怯え、市役所の職員に論破されて泣き叫ぶ。
そんなこの世の地獄のような光景が、なぜか今、日本のインターネットで一番熱いエンターテインメントになろうとしていた。
コメント
1件
うわあ、鈴木さん、容赦ない…!でも言ってることはほんとその通りで、ぐうの音も出ない正論パンチでしたね。魔王さんが「YouTuberで食っていく」宣言した時の気まずさったらなくて、読んでるこっちまで胃がキリキリしました。それでも配信で愚痴るしかない孤独なおっさんと、それを笑い飛ばす7,000人のリスナー。この構図、めちゃくちゃ好きです。次はついに面接か…ハラハラするけど、応援したくなっちゃいますね。