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こよい
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第10話:底辺の解像度〜社会のバグが、歯車たちを狂わせる〜
「……お前ら、笑うかもしれないけどさ」
四畳半の薄暗い部屋。俺はあえて百均のリングライトを消し、モニターの青白い光だけを顔に浴びながら、安物のマイクに向かってポツリと呟いた。
「今日、ケースワーカーの鈴木さんに言われたこと、一言一句、全部正論だったんだよ」
同接は8,000人を突破している。
いつもなら草(w)の弾幕で画面が見えなくなるはずのコメント欄が、今はなぜか不気味なほど静まり返っていた。皆、俺の異様なテンションの低さを察取っているのだ。
「『夢を追うなら自分で稼いだ金でやれ』『来月も稼げる保証はどこにあるんだ』……ぐうの音も出なかった。俺は四十歳で、何のスキルもなくて、ただ運良くアルゴリズムのバグでバズっただけの、社会の底辺だ」
吐き出す言葉は、泥のように重かった。
「お前らの中には、毎日満員電車に揺られたり、画面とにらめっこしながらリモートでクライアントに頭を下げたりして、必死に働いてる奴もいるだろ? 俺は、お前らが納めた税金(命綱)にぶら下がりながら、ネットで『働きたくねえ』って喚いてるだけのゴミなんだよ」
モニター越しの銀髪オッドアイの魔王が、自嘲気味に笑う。
それは、二十年以上社会から逃げ続けてきた男の、一切の虚飾を剥ぎ取った純度100%の「自己嫌悪」だった。
「だから……来週の面接、受けてくるわ。落ちるに決まってるけど、せめて鈴木さんに『やれることはやりました』って報告するためだけに行ってくる。……ごめんな、お前らの期待するような、面白い配信者じゃなくて」
俺は深く頭を下げ、配信を終わらせようとマウスに手を伸ばした。
だが、その時だった。
ピタリと止まっていたコメント欄が、突如として決壊したかのように猛スピードで流れ始めたのだ。
『謝んなよ……ッ!』
『おっさんの言葉、痛いほどわかる。俺も毎日リモートで仕事してるけど、自分が何のために生きてるか分かんなくなる時がある』
『ゴミじゃない。おっさんは俺たちの代弁者だ』
『立派な社会人になんてならなくていい。頼むから、そのままでいてくれ』
『正論で殴ってくる社会なんてクソ喰らえだ!』
「……お前ら」
予想外の反応に、俺はマウスを握る手を止めた。
俺が晒け出した「底辺の解像度」の高すぎるリアル。
それは皮肉なことに、現代社会という巨大なシステムの中で、日々すり減り、疲弊している「名もなき歯車たち」の心を、どうしようもなく深くえぐってしまったのだ。
『俺、有名大出て大企業入ったけど、先月鬱で休職した。おっさんの配信見てる時だけ、息ができるんだよ』
『生きるの下手くそな大人がいたっていいだろ!』
『鈴木の正論は正しい。でも、正論だけで人は救われないんだよ!』
画面の向こうにいるのは、ただの野次馬じゃない。
社会の不条理に耐え、綺麗事の裏で血を流している、かつての俺と同じような人間たちだった。
「……バカ野郎。お前らの方がよっぽど立派に生きてるじゃねえか。俺なんかに同情してんじゃねえよ……」
俺の視界が、少しだけ滲んだ。
四十歳の底辺おじさんが、ネットの海で若者たちに慰められてガチ泣きしそうになっている。地獄のような、でもどこか温かい、不思議な空間だった。
――そして、奇跡(あるいは最悪のタイミング)は起きる。
「……ん? なんだこのメール」
ふと、サブモニターに開いていたメーラーに、一通の通知が届いているのに気づいた。
送信元は『YouTube』。
件名には、こう書かれていた。
『おめでとうございます! チャンネルの収益化が承認されました』
「……は?」
俺がそのメールを開き、よく分からないまま『利用規約に同意して広告を有効にする』という青いボタンをクリックした、まさにその数秒後。
チャリンッ!
配信画面の右側に、突如として『赤い帯』が出現した。
『スーパーチャット:10,000円』
『リスナーA:面接帰りに美味いもん食え!! 俺たちの分まで生き延びろ!!』
「………………えっ」
チャチャリンッ!!
ボシュゥゥゥン!!!
『スーパーチャット:5,000円』
『リスナーB:俺の残業代、受け取ってくれ!』
『スーパーチャット:10,000円』
『リスナーC:鈴木の正論を金で黙らせろ!! 魔王軍の力を見せてやれ!!』
次々と画面に投げ込まれる、極彩色のスーパーチャットの嵐。
それは、社会で疲弊したリスナーたちの「涙腺」と「財布の紐」が完全に崩壊した瞬間だった。彼らは、底辺でもがく俺の姿に自分自身を重ね、魂の救済を求めるかのように金を投げ始めたのだ。
「ま、待て! 待て待て待てェェェッ!!!」
俺は涙を引っ込め、百均のマイクに向かって絶叫した。
「今、収益化通ったばっかなんだよ!! なんでお前らそんな金持ってんだよ!! やめろ、投げるな!! これ全部来月の収入申告の対象になるんだぞ!! 現金はヤバい、現金は一番ヤバいって言ってんだろォォォ!!」
『知るか! 受け取れ!』
『申告書書く手間に使え!!』
『赤スパ(物理攻撃)だオラァ!!』
「だから端数出すなァァ!! 税金の計算が狂うだろうが!! 明日また市役所行って『すみません、ネットのオタクたちが現金を投げつけてくるんです』って鈴木さんに土下座しなきゃならなくなるだろうが!!!」
感動の涙から一転、ガチの悲鳴を上げてのたうち回る四十歳。
『底辺の解像度』が生み出した強烈な共感は、皮肉にも俺を「月収100万の納税者」へと強制的に押し上げる、極悪非道な錬金術のトリガーとなってしまったのである。
コメント
1件
読了しました……第10話、めちゃくちゃ重たくて温かくて、笑えるけど刺さる、すごい回でしたね。 冒頭の「鈴木さんの言ってること全部正論だった」って告白、もうここで胸がぎゅっとなりました。自分をゴミって言い切る主人公の自己嫌悪が痛いほど伝わってくるのに、リスナーたちが「謝んなよ」「ゴミじゃない」って返す流れが、もう……涙なしでは読めませんでした。 そして、感動の涙から一転、収益化承認→スパチャの大洪水→「現金はヤバい!」って絶叫するオチ。このギャップがたまらないです。「月収100万の納税者に強制昇格」って皮肉すぎて笑ったけど、ちゃんと社会の不条理を描いてるのがゆうきさんの手腕だなあと。 「正論だけで人は救われない」って言葉、すごく心に残りました。次も絶対読みます。