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翌朝。
花屋《muguet》のシャッターが上がる前から、店の前に人影があった。
「……早くないですか」
仁人が半分あきれた声で言う。
その視線の先で、佐野勇斗はなぜか少しそわそわしていた。
「早く来た」
「知ってます」
「いや、なんか……普通に寝れなくて」
「子どもですか」
「違う。彼氏」
「……」
その単語をさらっと出されて、仁人は一瞬固まる。
昨日の夜。
あのまま手を繋いで帰って。
気づけば付き合うことになっていた。
なのに。
朝になっても実感が薄い。
「勇斗さん」
「うん」
「その彼氏って言い方、まだ慣れないです」
「俺も」
「え?」
「いや、口に出すと照れる」
「今さらですね」
「今さらだよほんと」
勇斗は笑いながら頭をかく。
でも、視線だけはまっすぐ仁人を見ている。
その視線が、昨日より少しだけ距離を詰めている気がした。
仁人は鍵を開けながら言う。
「入っていいですよ」
「おじゃまします」
「お店です」
「彼女の職場」
「彼女じゃないです」
「彼氏だけど」
「……もう」
仁人は笑ってしまう。
店内に入ると、まだ朝の冷たい空気が残っていた。
花の香りは夜よりも静かで、少しだけ澄んでいる。
勇斗はぐるっと見回してから言った。
「なんかさ」
「はい?」
「昨日と同じ場所なのに、違って見える」
「何がですか」
「全部」
仁人はラッピング台にエプロンをかける。
「気のせいです」
「気のせいじゃない」
勇斗はカウンターに寄りかかる。
「だってさ、昨日まではまさこさんだったのに」
「……」
「今日は彼氏の人だし」
仁人は手を止めた。
「それ、まだ言うんですか」
「言う」
「恥ずかしいのでやめてください」
「じゃあ代わりに呼んで」
「何を」
「名前」
仁人は少しだけ間を置いた。
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それから小さく息を吐く。
「……勇斗」
呼んだ瞬間。
勇斗が固まる。
「……今」
「はい」
「今、呼び捨て?」
「ダメですか」
「ダメじゃないけど……やばい」
「何がですか」
「距離近い感じする」
「彼氏なんですから」
その言い返しに、勇斗は完全に沈黙した。
そして数秒後。
「……やばいな」
「何がですか」
「ほんとに彼氏なんだなって実感きた」
「遅いです」
仁人はくすっと笑う。
その時、店長が奥からひょこっと顔を出した。
「おはよ〜」
「おはようございます」
「朝からラブラブじゃん」
「違います!」
「合ってます」
「店長!」
店長は完全に楽しそうだった。
「で、昨日どうなったの?」
「どうって何がですか」
「付き合った?」
勇斗と仁人、同時に固まる。
「……」
「……」
店長、にやり。
「はい確定〜」
「言わないでください!!」
仁人が真っ赤になる。
勇斗は顔を覆った。
「もう勘弁して……」
「青春いいねぇ」
「見世物じゃないです」
「いや見世物だよこれは」
「店長!」
朝の花屋は、いつもより少しだけ騒がしかった。
でも。
その騒がしさすら、どこか柔らかかった。
勇斗はふと、小さく呟く。
「……なんかさ」
「はい?」
「昨日より今日の方が好きかも」
仁人は一瞬止まって。
それから、少しだけ笑った。
「そういうの、ちゃんと言うんですね」
「言うよ」
「恥ずかしくないんですか」
「めっちゃ恥ずかしい」
「じゃあやめればいいのに」
「でも言いたい」
勇斗は少しだけ真面目な顔になる。
「だって、好きだから」
花の香りの中で。
その言葉だけが、やけにまっすぐだった。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹
コメント
1件
おお、ついに正式に彼氏彼女になったんだね……!朝の花屋でこんなやりとりがあったのか。勇斗の「昨日より今日の方が好きかも」って台詞、すごく良かった。シンプルだけど真っ直ぐで、好きって言うことの恥ずかしさと大事さが詰まってる感じがした。店長の絡みも笑えたし、2人の距離が少しずつ縮まっていくのが伝わってきて、こっちまであったかい気持ちになったよ。続き、楽しみにしてる🔥