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「お義母さま、料理はダメです! 私、お食事は作れません!」
リリアンナの悲痛な叫びを、ただ単に仕事を増やされたくないがゆえの言い訳だと取ったらしい。エダはリリアンナの赤毛をギュッと掴んで引っ張ると、「出来ないじゃなくてやるんだよ!」と言い放ってリリアンナを突き飛ばすと、足音を高らかに響かせながら調理場をあとにした。
すぐさま床に這いつくばったリリアンナへ近付いてきたダフネが、「罰を受けてる最中なのに、ズルしようとするからよ、お義姉さま」とにっこり笑って母親のあとを追いかける。
その後ろ姿を見届けてから、リリアンナは大きく吐息を落とした。
シェフはベテランだったから、基本的に味を見ながら塩加減などを整えていたんだろう。調理場のどこを探してもレシピの類いは存在していなかった。
せめてこのぐらいの分量の料理を作る時には調味料はこの程度。そういう指針があったならまだ何とななったかもしれないのに――。
何を食べても味を感じないリリアンナに、まともな味付けなんて出来るはずがなかった。
***
見た目だけならとても美味しそうに見える料理を前に、ひとくち口を付けるなり叔父家族三人が皆、文字通りさじを投げてしまった。
「この薄ノロは料理の味付けもまともに出来ないのかい!?」
養母のエダにバシンッと頬をはたかれて床に突っ伏しながら、リリアンナは「申し訳ありません」とつぶやいた。口の中が切れたのか、鉄臭いにおいが鼻を突いたけれど、やっぱり何の味もしなかった。
そんなリリアンナを見下ろすようにして、ダフネが「お母様、きっとお義姉さまは美味しいものを食べたことがないから分からないんですわっ。だってお義姉さまのお母様は野蛮な国の出身でしたもの!」と、リリアンナをさらに貶めてくる。
リリアンナは、自分のことを悪く言われるのは我慢できる。
でも、大切な亡き母のことを悪く言われるのだけは我慢ならなかった。
「ダフネ! 今の言葉、取り消して!」
伏せていた顔をグッと上げ、床上に座り込んだまま義妹を睨み付けたら、すぐさまエダに「生意気な口をきくんじゃないよ!」と脇腹を蹴り上げられる。
グッとこみ上げてきた吐き気に口元を覆ってうずくまったまま涙目になったリリアンナへ、「悔しかったら美味しいものを作ればいいじゃない!」とダフネが吐き捨てた。
まるで酷いことをされたのは自分だとでも言いたげに掠れた涙声で訴えているらしいダフネに、「可愛そうに。いきなりあんなにキツイ顔で怒鳴り付けられたら怖いわよねぇ?」とエダが娘を抱きしめて宥める気配がする。
父親で夫であるはずの叔父、ダーレン・アトキン・ウールウォードが何も言わないことを不審に思ったリリアンナがそっと彼を窺い見れば、リリアンナの方をねっとりとした視線で見詰めているのに気が付いた。
そのことにゾクリと悪寒を覚えたリリアンナは、居た堪れなさにギュッと身体をちぢこめる。もう二度と叔父のあんな顔は見たくないとギュッと目をつぶって気持ちの悪い目線が自分から逸らされることをただひたすらに希った。
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