テラーノベル
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結局何度作っても美味しい料理なんて、味の分からないリリアンナには作れるはずもなく――。 三度の食事の時間のたび、折檻されるのが常となった。
とはいえ、さすがに美味しくない料理をずっと食べ続けることは我慢ならなかったんだろう。
ダーレンの指示で、新しい料理人が雇い入れられた。
にもかかわらず、エダがリリアンナにも誰の手も借りず一品だけ作るよう命じるのは、ただ単に養女をいじめる口実が欲しいだけに違いない。
新たに雇われたばかりのシェフ――ギブン――がエダの仕打ちを見かねてこっそりとリリアンナを手伝おうとしてくれたのだけれど、先のシェフのこともある。リリアンナはゆるゆると首を振って、彼の厚意をやんわりと跳ねのけた。
「私に優しくなさるとギブンさんまで酷い目に遭わされてしまいます。前任者はそれでここを解雇されました」
リリアンナの言葉に、ギブンは息を呑むと、
「ごめんね。そういう話なら俺にも守らなきゃいけない家族がいるから、キミのことはないものとして扱わせてもらう」
ギブンは俯いたまま、気まずそうに笑った。
「……でも、誰かがちゃんと見ていてくれてる。そう思っててよ」
それは、彼なりの精一杯の励ましだった。
給金は最低クラスかも知れないが、それすら失うわけにはいかないと泣きそうな顔をしたギブンは、家に病いがちの母親がいるのだと明かしてくれた。
「治療費までは無理でも、せめて滋養の付くものを食べさせてあげたいんだ」
泣きそうな顔で申し訳なさそうにリリアンナへ頭を下げるギブンを見て、亡きお父様なら彼に母親が治療を受けられるよう手配するのにな? とそっと唇を噛んだリリアンナである。
使用人たちの苦労話を聞いても、何の力にもなれない自分のことが堪らなくイヤになったのは、何度目だろう。
自分がもっと年を経ていて後見人なんていらない大人の女性だったなら……。
もっともっと領地を治める術を学んでいたならば――。
きっと今日も叱責の対象になるであろう一品を作りながら、リリアンナは考えても仕方のないことに思いを馳せた。
***
「リリアンナ、週末に貴族会館で舞踏会が開かれるわ。ダフネが出席するから、貴女も付き人として同行なさい」
いつものように朝食を終え、リリアンナを思うさま打擲したあとで、エダが鼻をフンと鳴らしながら言った。
舞踏会は、毎年秋の終わりに開かれる王家主催の恒例行事であり、十歳から十四歳までの若き貴族たちの、社交界デビューへの練習の場として知られていた。
招待状は、出席資格のある貴族の家に宰相府を通じて届けられる。今年も、ウールウォード家には例年通り、名義人であるリリアンナ宛に一通の招待状が届いていた。
「え……? でも、あの招待状って……私の名で……」
思わずそう呟いたリリアンナに、エダが目を細めてにやりと笑う。
「そうよ。伯爵家のご令嬢にしか出席資格はないものね。でも心配しないで。ダフネは今夜だけ〝リリアンナ・オブ・ウールウォード〟ってことにするの。貴女はその付き人として同行すればいいわ」
「……っ」
声もなく立ち尽くすリリアンナを、エダが見下ろして言い放つ。
「ドレスも、貴女はダフネの着古したボロボロのを着るの! 引き立て役としてはそれで充分でしょう?」
王家主催の舞踏会は、宰相府を通じて届けられた正式な招待状だ。
去年は急病ということにして、出席を免れたリリアンナである。それを、今年はダフネがリリアンナを騙って出席するとか……もし企みが第三者にバレてしまったら大ごとだ。
なのに、そんなのは瑣末なこととでも考えているんだろう。
エダが娘のダフネを愛しげに見つめる。
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