「大森君もピアノ経験者だったんだ」
藤澤さんイチ押しという定食屋にきて、頼んだ料理が運ばれてくるのを待つ間に彼は分かりやすく興奮気味に俺に言葉をかける。
「いや、作曲のために独学程度で……」
「それであんなに弾けるの?すごいよ~ほんと感動しちゃった」
あんな、なんていうんだろう、と藤澤さんは言葉を詰まらせる。
「音がさ、すごく自由なんだけど、寄り添ってくれるというか。誰かの奏でる音とひとつになるっていう感覚、久しぶりだったからすごく楽しかった。去年の学祭思い出すなぁ」
「藤澤さんのバンドは活動休止中なんでしたっけ」
「うん……、リーダーでギタボの子が1年間留学に行っててね。戻ってきても来年はほかのメンバーは4年だし、事実上解散かな」
ちょっとだけ寂しそうな彼に、別でバンドは組まないのか聞くと
「もともと僕は軽音はいるつもりはなくて、たまたま仲良くなった子が僕がピアノやってるのを知ってキーボードに誘ってくれたんだ。だから自分からメンバー集めたり、とかはないかな~。サポートメンバー頼まれたら喜んで参加するけど」
へぇ、と頷いたが、心の中では正直もったいないなと思ってしまう。あれだけ鍵盤を弾ける人がいたら音楽の表現の幅も広がりそうだし、さっきのセッションの感じでいくとその場の音に合わせた表現の即興性もあってライブでも盛り上がるだろう。彼の作曲ノートに書かれていたものは完成した曲というよりはフレーズのつなぎ合わせが多かったが、音の組み合わせ方がうまい。ライブのアレンジや曲と曲の間のつなぎなんかを任せたら、ストーリー性のあるパフォーマンスになりそうだ。
そこまで考えてから、もう音楽活動には関わらないと決めていたのにそんなことを考えてしまう自分が嫌になる。黙り込む俺に、
「大森君は?」
と聞かれて、えっ、と素っ頓狂な声を上げる。
「バンド。組まないの?」
「あ、えっと……」
「ごめん、話しにくかったら話さなくていいよ。でもさっきセッションして思ったんだ。あぁ、この人はものすごく音楽が好きな人なんだなって。……僕もそうだから分かるんだ。だから全く手放しちゃうのはもったいないんじゃないかなって」
藤澤さんのまっすぐな視線に、俺は耐え切れなくなって目線を逸らす。その時、ちょうど注文した品が運ばれてきた。藤澤さんおすすめのオムライスは昔ながらのシンプルな見た目だが、とてもおいしそうだ。冷めないうちに食べよう、と藤澤さんがスプーンを渡してくれる。いただきます、と丁寧に手を合わせる彼を見て、俺もそれに倣った。薄めの卵にスプーンを入れ、何気なく口に運ぶと
「あれっ、なんだこれ」
中がケチャップライスでもバターライスでもない。初めて食べるがどこか懐かしい味のような。
「コンソメで炊いたご飯に隠し味で醬油を入れて炒めてるんだって、珍しいよね」
「へぇ……ちょっとチャーハンにも似てるような」
「たしかに。僕ね、これ初めて食べたとき衝撃的で。実家にいた頃におばあちゃんが作ってくれたオムライスの味にそっくりだったの。それ大好きだったんだけど、一般的にオムライスってケチャップライスか、バターライスでしょ。だから上京してきて半年たったころにホームシックもあったのかこれ食べて泣いちゃってさぁ」
オムライスを食べてボロボロ泣いている藤澤さんの姿が何となく想像がついてしまって、思わず笑みをこぼしてしまう。
「おふくろの味的な」
「そうそう」
おばあちゃんだけどね、と藤澤さんが笑う。
「俺も好きです、このオムライス。すっごいおいしい」
「ほんと?良かった~」
嬉しそうににこにこと笑う藤澤さんを見ていると、身体の中心のこわばった部分がするするとほどけるような、不思議な安心感がある。
「さっき上京って言ってましたけど、藤澤さんは出身どこなんですか?」
「長野県だよ」
「長野県……」
行ったことはないが、何となく思い浮かぶ自然が多くてのんびりとしたイメージが藤澤さんにぴったりだと思った。
「中高って吹奏楽でフルートやってたんだよ~、ピアノは小さいころから習ってたんだけど」
「フルート!へぇ、かっこいいですね」
少しだけ躊躇した後、思い切って口を開く。
「俺、中高の時にバンド組んでたんです」
若井が見せた動画はその頃のものなんですけど、と続ける。
「もう絶対音楽の道でやってくんだって毎日毎日作詞も作曲もして、将来につながりそうなことならなんでもがむしゃらにやってました。学校もろくに行かずに。それで、ようやくメジャーデビューの話もらって」
藤澤さんは黙って真剣な表情で俺の話に耳を傾けている。
「でも、メンバーは俺と同じ方を向いてなかった。学生時代の思い出作り……本気で音楽をやってなんかいなかった。そんな奴らを仲間だと思ってきた自分が情けなくて、全部どうでもよくなった」
「でも、若井君は違ったんでしょ?今でも君に、音楽に関わり続けてほしいと思ってる」
「あいつには確かに感謝してます」
でも、と俺は言葉をつづけた。
「でも、今の俺は曲を作れない」
ふと目線を上げると、こちらをじっと見つめる藤澤さんと目が合った。
「昔あれほど俺をかきたてていた創作への情熱が、いまはすっかり、どこにも見当たらない。作りたくても作れないんです」
「でも今日、君は作ったよ、音を」
藤澤さんが優しく微笑む。
「あんなのただの遊びじゃないか……」
「遊びじゃダメなの?遊びで「音楽」は作れない?僕の音に合わせて君が紡ぐ音が世界を彩った。あの時僕がみていたのは僕の作った音楽の世界じゃない。全く新しい、僕と君で作った新しい音楽の世界だ」
思わずはっと息を呑む。そうだ、あの時間、俺は純粋に楽しかったのだ。
「別に無理に曲を作り上げようとしなくてもいいんじゃないかな……いつかまた作りたいと思えるようになる日が来るまで、とりとめなく好きなように奏でているだけでも」
なんて、偉そうに言ってごめんね、と彼は気恥ずかしそうに笑う。俺は思わず、藤澤さん、と声をかけた。
「俺、貴方と音で遊びたいです」
ふふっ、と彼は口元を綻ばせた。
「今度はそれぞれ別の楽器でも演ってみたいな。楽しそうだと思わない?」
俺が軽音サークルに加入届を提出したのは翌日のことだった。
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フォロワー様が200人超えてる……!
ありがとうございます!記念に短編をひとつ更新しますので、そちらもぜひよろしくお願いいたします
今日はCDTVですね!先日のMステに引き続き嬉しい供給〜〜
コメント
6件
まったりした雰囲気の中に光を少し見つけたもっくん!頑張れ!
オムライスめっちゃ好きー 食べたい(*´﹃`*) 涼ちゃんの言葉が一つ一つ良すぎて( ߹ㅁ߹) これからも応援してます⊂(^・^)⊃
とっても素敵で続きが気になります😆涼ちゃんがとっても優しくて素敵💕