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人狼

11 - 第10話

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2025年01月11日

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【数ヵ月後】



吐く息は白く、空気はよく乾燥している。見上げた空には灰色の雲が覆いかぶさり、ちらほらと雪が舞い降りてきた。男性は口元までマフラーを押し上げ、歩く速度を上げる。

今年は例年より多く雪が降っているという。村の住人たちは早朝から雪かきに追われていた。

寒さの厳しい冬は、誰にとってもつらい季節。

村の大通りに面した立派な屋敷の扉を叩けば、この辺りでは珍しい執事が出迎えてくれた。


「お久しぶりです、アドルフさん。集落の方は、落ち着きましたか?」


男性─アドルフ=ベッソンからコートを受け取った執事が優しく尋ねてきた。


「ええ、奥様のご助力もあってなんとか……」


アドルフが背負っていた鞄を下ろすと、執事が無駄の無い動きでそれを受け取る。


「しかし、あんな小さな集落が”人狼”に襲われるとは……。それも、レナルドさんが”人狼”だったなど……」


執事は痛ましい顔をして「いまだに信じられません」と続けた。


「ええ、私もです。いったいいつから兄さんは”人狼”だったのか……」


「残念ながら”人狼”は見た目ではわかりませんから。ささっ、こちらに奥様がお待ちですよ」


そう言って執事は奥の部屋へと案内した。

この屋敷は、この辺り一帯を取り仕切る貴族が住んでいる。アドルフはここで息子二人の家庭教師をしていた。

彼の集落が”人狼”に襲われたあと色々と手助けをしてくれただけではなく、彼の作ったハムとベーコンも買い取ると提案してくれたのだった。


「こっちに引っ越してくるつもりは無いの?」


アドルフが持って来た”普通”のハムとベーコンを全て買い取った女性は、執事がお金を持ってくる間それとなく彼に尋ねてきた。


「あそこの環境は肉を加工するのに適していますし、畑もまだ使えますから。ただ、アリアーヌがもう少し大きくなって学校に行きたいと言えば、そのときは引っ越しも視野に入れようと思っています」


「そう。困ったことがあれば何でも言ってね」


「いえ、奥様には助けられてばかりで……」


「気にしないで頂戴、こんな小さな村だもの。助け合っていかなきゃ」


「ありがとうございます」


「ああ、それと…行き倒れていた彼…どうなったのかしら?」


「彼、ですか」


そう言ってアドルフが笑みをこぼしたので、女性は首を傾げて見せた。

それは今から二ヶ月ほど前のこと。

雪遊びをしていたアリアーヌが、集落の近くに行き倒れている少年を見つけた。

匂いですぐに少年も”人狼”であることに気付いたアドルフは、彼を自宅へと招き入れたのだった。


「彼は…クルスと言うのですが、アリアーヌがすっかり懐いてしまって」


「そう、それはよかったわ。どこから来たとか、そういうことは聞いたの?」


「隣の国から流れてきたんだそうです。彼ははっきりとしたことは言いませんでしたが、きっと口減らしでしょうね」


「まぁ……」


女性は痛ましい顔をする。


「まだまだ年端もいかない子供です。行くところが無いならと、集落に住むように勧めました」


「そう」


「アリアーヌの遊び相手と畑仕事、ハムを作る手伝いと実によく働いてくれます」


「それはよかったわね」


「はい」


そこで執事が戻って来た。

お金を受け取り、雪が溶け、暖かくなったらまた家庭教師としてここに来ることを約束して屋敷をあとにした。

雪はいつの間にか止んでいて、雲間から青空が覗いていた。


(思わぬ臨時収入だ。食料と服、それから本でも買って帰ろうかな…)


アドルフは軽くなった鞄を背負い直し、来た道を戻る。

正直なところ、アリアーヌが今回の事件のことをどれほど理解しているのかアドルフはわかっていない。”人狼”という恐ろしいモノが現れて、親も家族も友達もみんな食べてしまったのだと説明しても、彼女は特に何の反応も示さなかった。ただ時々、何かを思い出したように母親や父親を探したり、寂しさからか突然泣き出すこともあったがアドルフを困らせるほどのものではなかった。

アドルフにとってアリアーヌを育てるということに特別な意味はなかった。幼過ぎて加工することができなかったから、とりあえず食べられる大きさになるまで育てる。それぐらいの気持ちで今は彼女と一緒に暮らしている。

殺そうと思えばいつでも殺せる。だから、焦る必要は無い、と。


クルスを助けたのも、深い意味は無い。

人手が欲しかったというのと、行き倒れていたその姿に昔の自分が重なって見えただけ。

それでもクルスは実によく働いてくれていた。


日が完全に落ちる前、古びた民家の前を通り過ぎるとようやっと我が家が見えてきた。アドルフは玄関前で肩や頭に降り積もった雪を払い落とし、扉を開けた。


「アドルフ!!」


部屋の奥から駆け出してきたのは、真っ赤な頭巾を被った少女─アリアーヌだった。


「ただいま、アリアーヌ。良い子にしてたかい?」


「うん!」


アリアーヌは大きく頷いて見せ、抱っこをねだった。


「はいはい」


アドルフはコートを脱いで、アリアーヌを抱き上げた。


「そんなところで立ち止まってないで、こっちに来て早く温まって下さい」


部屋の奥から少年─クルスが声をかけてきたので、アドルフはそのまま部屋に入った。


「お疲れ様です。今日は随分と時間がかかりましたね」


「村の方も雪が凄くて、歩くのも一苦労だったよ。アリアーヌを連れて行かなくて正解だった」


片手でマフラーを外すのをアリアーヌも手伝う。


「今は止んでるけど、今夜も降るんだろうね……」


ため息交じりに呟いてソファーに腰を下ろすとアリアーヌをその横に座らせる。


「ひとまず、お疲れ様でした」


クルスはそう言ってマグカップを差し出した。


「うん、ありがとう」


アドルフはマグカップを受け取り、並々と注がれた紅茶に口を付ける。

一口飲むと紅茶の熱が全身を駆け巡っていった。


「……はぁ…生き返る…。特に問題は無かった?」


「はい、何も」


クルスはそう言って、ふと何か思い出したように「そういえば」と続けた。


「アリアーヌがその頭巾をずっと被ってるんです。いい加減脱いで洗濯したいんですけど」


「そっか、気に入ってくれたのは嬉しいんだけど…さ、アリアーヌ、脱ぐんだ」


しかし、彼女は”いやいや”と首を横に振って頭巾を強く握りしめたので、アドルフとクルスは互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「これは飽きるのを待つしかないね」


「そうですね。そろそろ夕飯の準備をしようと思うんですけど」


「何から何までありがとう。ああ、スープがいいな。ベーコンがたくさん入ったやつ」


「わかりました」


クルスは笑みをこぼして、台所に向かう。

戸棚を開け、布に包まれたモノを取り出す。布の下から現れたのは立派なブロックベーコン。香草や燻製された良い香りが食欲をそそる。

よく見ればそれには”レナルド”、”エリーゼ”という焼き印が押されていた。


(ベーコンに名前を付けてるのかと思ったけど、これはベーコンになる前の名前だってアドルフさんは言ってたっけ…たしか、ここに住んでいた人で)


「クルス、今日はそっちじゃないよ」


「うわっ!」


驚いて振り返ると、そこにはアドルフがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「アリアーヌも食べるからね、”普通”のベーコンを使ってほしいな」


「え、あ、はい。もちろん、そのつもりです」


慌ててクルスはブロックベーコンを布で包むと、戸棚に押し込む。


「おや?もしかして、つまみ食いするつもりだった?」


「ち、違います!」


「あははっまぁいいけどね。君はよく働いてくれてるし」


そう言われてクルスは嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な表情を浮かべた。


「ボクは、ボクのできることをやってるだけですから」


そして、何かを誤魔化すように別の棚から”普通”のベーコンを取り出し、料理に取り掛かった。

アドルフが部屋に戻ると、アリアーヌは大人しく絵本を読んでいた。それは、赤い頭巾を被った女の子が狼に食べられてしまうものの腹の中にあった鋏で腹を裂き助かるという話。

アドルフは笑みを浮かべ、アリアーヌの頭を撫でるとそっと目を閉じた。

薪ストーブのパチパチと燃える音、台所から聞こえる規則正しい包丁の音、隣で絵本のページを捲る音。そんな自然な音に耳を傾ける。

数ヶ月前までここで生活していた欲深い人間たちはもういない。辺りはとても静かになったけれど、このままこのゆったりと流れる時間の中で生きていけたらどれだけ幸せだろうとアドルフは思いながら、眠りに落ちた───。







END

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