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「うぐっ……」
俺は腹が減っているのに、完全に食欲がなくなっていた。
音星は静かに目を瞑っている。
辺りは地獄の鬼(獄卒)たちの食堂だった。
血の滴る食材が粗雑な木の机の上に散乱し、至る所に骨が散らばっている。
牛、馬、鳥などに混じって、明らかに人肉だとわかるものもある。人間の腕や足が机の上に無造作に置いてあった。
「ほら、足元気をつけろよ。そこに……岩があるから」
本当は人の頭だったが、俺は嘘をついて音星をこの食堂の出入り口へと歩かせていった。
音星は目を瞑ったままニコリとこちらに笑った。
また等活地獄の針山が見えるところへ出ると、俺は今度はここで本格的に妹を探そうとした。
「ええ、そうしましょう。あ、でも。火端さん。その前にあそこでお昼にしませんか?」
音星は等活地獄の隅っこにある綺麗な岩間を指差した。
「ああ……」
薄っすらと淡い青色の苔の生えた岩間には、丁度、座れるくらいに削られた岩があった。足の低いテーブルにもなりそうな切り立った岩もある。そこへ音星が背中から布でできた袋を降ろして、その中から大き目のハンカチで包《くる》まれたおにぎりを置いた。
俺は必死だったから気付かなかったけれど、どうやら、音星は今まで布でできた袋を背に抱えていたようだ。そういえば、音星は提灯を手に持っていない。今は布の袋の中に仕舞っているんだな。
俺のリュックサックの中には、菓子パンもないので、有難く頂くことにした。
「ありがとな」
「ええ」
「……おにぎりの中身は?」
「梅干ししかないですよ」
しばらく、俺たちは等活地獄で飯を食べていた。獄卒の休憩場だけあって、辺りは静かだった。
ふと、俺は音星が何故、地獄にいるのかと疑問に思った。
「あの。音星はどうして……?」
「地獄へいるのか……? ですか? 私、この通り巫女の格好をして旅をしていますが、正確には巫女じゃないんですよ」
「へ?」
「私、東北地方の出なんです。あと、どちらかというと巫女ではなくてイタコ寄りなんですよ。死者の口寄せをしていますので」
「ああ、そうなんだ。あっ、そっか! 音星は口寄せ巫女っていうイタコの系統に属する巫女なんだな」
「ええ、ええ! そうなんです!」
音星は少し上の空で、どこまでも続く灰色の空を眺めながら考えあぐねいた。それからゆっくりと口を開いた。
「私ね。尸童(よりまし)や死口(しにくち)の時にこう思ったの……」
「確か……。尸童(よりまし)は、巫女が神降ろしの際に、神を乗り移させたりする子供や人形のことだね。……えーと、確か。死口(しにくち)は死者の魂を呼び寄せて、語らせることだね」
「ええ。そうです」
「ふむ……。その時にこう思った。地獄で死者の弔いをしてみよう……と?」
「はい! その通りなんです! よくわかりましたねえ火端さん!」
「……」
「はい? 私、何か変ですか?」
「いや、別に」
俺は何も言えなかった。
だけど、これだけは言える。
音星は、ちょっとズレてて優しい奴なんだな。
と、思ったんだ。
うーん。
後は、音星は地獄へどうやって来たんだろう??