「じゃあ、恵。またね」
「うん、おやすみ」
私たちは玄関で手を振り合い、微妙な表情で見つめ合う。
「大丈夫だよ。とって食いやしないから」
尊さんが私の背中をトンと叩き、冗談めかして言う。
「じゃあ……、また社食で」
「ん、連絡する」
私は恵とそう挨拶し合い、今度こそ涼さんに「お世話になりました」と頭を下げて彼の家を出た。
「はぁ……」
エレベーターに乗った私は、ドッと疲れを覚えて壁に寄りかかる。
「ん、持つ」
尊さんはそっと私の手からボストンバッグをとり、持ってくれる。
「……ありがとうございます……」
色んな事がありすぎて、恵や涼さんがいた時は「ちゃんとしないと」と思って対応していたけれど、やっと家に帰れると思うと気が抜けてしまった。
「今日はもう、あんまり考え事をしないで寝ろ」
「はい……」
私は壁に寄りかかっていた体を起こし、ピトッと尊さんにくっついて腕を組む。
「……とても疲れているので、帰ったら可愛がってください」
「いいのか? 疲れてるんだろ?」
けれど尊さんの言葉を聞き、パッと目を見開くと片手を顔の前でパタパタと振った。
「エッチじゃないです! シンプルに愛でてほしいだけです」
「分かってるよ」
彼はフハッと笑い、私のこめかみにキスをしてくる。
そのあと尊さんは私の肩を抱き、コツンと頭を寄せた。
「疲れたろ。……本当にお疲れさん」
私はエレベーターの中に誰もいないのをいい事に、ギュッと尊さんに抱きつく。
「……とんでもない事に巻き込まれたよな。いまだに心が追い付いていないの、分かる。でも俺が側にいるから、一緒に一歩ずつ進んでいこう。中村さんも涼もいる。三ノ宮さんやエミリもいるんだろ?」
温かな声で言われ、私はコクンと頷く。
「……怖かったし、傷付きました。痛みと恐怖で心が折れかけて、もう終わりなのかと思った。…………っでも、絶対に負けない。私は、絶対に幸せになるんだから」
私は尊さんにしがみつき、くぐもった声で宣言する。
「側にいる。二度と同じ事がないように、俺が守る」
エレベーターが地下駐車場に降りるまで、私はちょっぴり泣き、尊さんに勇気をもらって顔を上げた。
**
「はぁ……」
三田のマンションに帰ると、一気に力が抜けた。
こんな豪邸を〝我が家〟と思えるなんてあり得ないと、引っ越してきた当初は思っていたけれど、今は立派に私と尊さんの家だ。
「風呂入れるから、休んでていいぞ。町田さんがプリン作っててくれたけど、食べるか?」
「ううー……、食べる……」
あれだけコース料理を食べて満腹……と思ったのに、町田さんのプリンというブーストアイテムをチラつかされ、私は地獄の亡者よろしく手を差し伸べる。
「ん、じゃあ着替えて手を洗ってきな」
会社帰りの尊さんはスーツ姿のままで、ネクタイを緩めながら言う。
私はムクッと起き上がると無言でスマホを構え、パシャッと尊さんを撮ってからスタスタと部屋に向かった。
何か考えたら手が止まってしまいそうで、無心で服を脱いでルームウェアに着替える。
洗面所で歯磨きをしてリビングに戻った私は、ソファにボフッと倒れ込み横になった。
「大丈夫か?」
尊さんの声がし、顔を上げると着替えた彼がカウチソファに座ったところだ。
「んー……、抱っこ……」
私は子供のようにむずかり、モソモソと尊さんの膝の上にのると抱きついた。
尊さんも心身共に疲れているのか、何も言わず私を抱き締める。
そのまま、私たちは黙って抱き合っていた。
「……私、尊さんの前ではちゃんとしていたいんです」
私がモソリと言うと、彼は「ん?」と優しく返事をし、頭を撫でてくれる。
「私、節度と礼儀のある、大人の女性でいたい。…………でも今は、疲れ切ってるのもあって気持ちがグダグダで。…………『もうやだ』って言いたい」
「言っていいよ。それだけの目に遭ったんだから」
尊さんは私の頭を撫で、額にキスをくれる。
その優しさにウルッときた私は、彼に抱きついて胸板に顔をグリグリと押しつけ、溜め息混じりに言う。
「…………もうやだ」
コメント
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朱里ちゃん、辛かったよね....😢 心が折れそうになりながらも よく頑張ったね🥺 愛する人と寄り添い、いっぱい癒してもらってね🍀✨