テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#連載小説
観察者
310
椿
27
「指差された日」
「あなた、本当に生きていると思ってる?」
スマホの画面に映る、もう一人の私。
その顔は、私と同じだった。
でも、ひとつだけ違う。
画面の中の私は、泣いていなかった。
むしろ、笑っていた。
「どういうこと……?」
兄が私の肩をつかんだ。
「見るな! そいつの言葉を聞くな!」
しかし、画面の中の私は口を動かし続けた。
「あなたは、あの日からずっとここにいる」
あの日。
夜勤中に悲鳴を聞いて、入居者の部屋へ駆け込んだ日。
あの女に指差された日。
私は急に、頭の奥が痛くなった。
そして思い出した。
あの夜、私は入居者を助けようとして、あの女に指差された。
その直後、意識を失った。
救急車を呼んだ記憶も、病院へ運ばれた記憶もない。
その後に起きた出来事は、すべて本当にあったのだろうか。
「私……あの日から死んでいたの?」
姉が首を横に振った。
「違うよ。あなたは生きてる。だけど、あの女に時間を奪われているの」
「時間を……?」
兄が古いノートを開いた。
そこには、最初に襲われた入居者が残した最後の記録があった。
『指差された者は、死ぬのではない。生と死の境目に連れていかれる。そこから戻るには、恐怖ではなく真実を選ばなければならない』
「じゃあ、あの人たちは……」
私が関わった人たちは、全員死んだわけではなかった。
あの女が見せていた幻だったのかもしれない。
けれど、誰かが本当に傷ついていたことも確かだった。
突然、母の声がした。
「ごめんね」
振り返ると、母が立っていた。
今度は、笑っていなかった。
「もう、あなたを守れないと思っていた」
「お母さん……本物なの?」
母はうなずいた。
「私はあの女に連れていかれた。でも、あなたたちのことを忘れたことはないよ」
母の手が私の頬に触れた。
冷たかった。
それでも、懐かしい母の手だった。
「もう終わりにしよう」
母は私たちの前に立ち、あの女を見つめた。
「この子はあなたの子どもじゃない。誰の代わりでもない。この子の人生は、この子のものよ」
あの女の顔が歪んだ。
「私は子どもを失ったのよ!」
その声は、悲鳴のようだった。
「誰も助けてくれなかった。誰も私の悲しみを分かってくれなかった!」
私は一歩前に出た。
「あなたが苦しかったのは分かる。でも、だからって私たちから大切な人を奪わないで」
あの女の手が震えた。
そのとき、施設の壁に貼られていた古い写真が落ちた。
写真の中には、若い頃の母と姉、そしてあの女が写っていた。
その裏には、もう一文があった。
『失った命を取り戻すことはできない。それでも、残された命を守る』
母が涙を流した。
「本当は、私たちが守らなければいけなかったの」
あの女は、ゆっくりと私を指差した。
「あなたも、私を置いていくの?」
私は首を横に振った。
「置いていくんじゃない。もう、誰も犠牲にしないって決めたの」
その瞬間、スマホのカウントダウンが止まった。
00:00:00。
施設の揺れが止まり、遠くから聞こえていた水の音も消えた。
あの女の姿が、少しずつ薄くなっていく。
最後に見えたのは、泣きながら小さな子どもの名前を呼ぶ姿だった。
そして、消える直前に言った。
「……ありがとう」
真っ暗だった廊下に、朝の光が差し込んだ。
兄が私を抱きしめた。
姉も泣きながら近づいてきた。
母は、少し離れた場所で微笑んでいた。
「お母さん!」
私が駆け寄ろうとした瞬間、母の姿は光の中に消えた。
床には、古い写真だけが残っていた。
エピローグ「その後」
目を開けると、私は病院のベッドにいた。
目の前には兄と姉がいた。
「よかった……!」
兄は泣いていた。
医師によると、私は施設で倒れてから、数日間意識が戻らなかったらしい。
あの女も、洪水も、家族との出来事も、夢だったのかもしれない。
けれど、枕元にはあの古い写真が置かれていた。
写真の裏には、見覚えのない文字が増えていた。
『約束は終わった。もう迎えには行かない』
私は写真をそっと引き出しにしまった。
それから数週間後。
私は久しぶりに仕事へ戻った。
夜勤の巡回中、いつものように入居者の部屋を確認していた。
すると、廊下の奥から小さな声が聞こえた。
「……すみません」
振り返ると、誰もいない。
私は立ち止まった。
そのとき、ポケットのスマホが震えた。
画面には、Googleマップが開かれていた。
勝手に3D表示になっている。
山の向こうに、ひとつだけ赤いピンが立っていた。
そして、その場所の名前は――
『あなたの家』
私は息をのんだ。
その瞬間、背後から誰かが私の肩を叩いた。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
ただ、床に小さな紙が落ちていた。
拾い上げると、そこには赤い文字でこう書かれていた。
『次は、あなたが指差す番』
私はゆっくりと顔を上げた。
廊下の突き当たりに、誰かが立っていた。
その人物は、私と同じ顔をしていた。
そして――
私に向かって、指を差した。
コメント
1件
第11話、読み終わりました……! まず、「指差された日」ってタイトルが最後までずしりと重く響いてきました。母が立ちはだかって「この子の人生はこの子のものよ」って言う場面、涙腺にきました。あの女にもちゃんと背景があって、誰かを失った悲しみが透けて見えたところが忘れられないです。 それで、エピローグで終わった……と思ったら最後の「次は、あなたが指差す番」。もう続きが気になりすぎてそわそわしています…! 最終話って書いてあるけど、これはまだ終わってない感じがしますよね……?