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アンドレアスとの思いがけない邂逅に、ルツィエは驚いて顔を上げた。
「……皇太子殿下がこのような場所にいてよろしいのですか?」
「庭園を少し歩くぐらい構わないだろう?」
「でも、ホールにいるご令嬢たちが待ちわびているのでは?」
「それが嫌で逃げてきたんだ」
アンドレアスが生垣を回ってルツィエのほうへとやって来る。
「ご令嬢に興味を持たれるのはお嫌ですか?」
「そういうのには慣れていなくて……。それに、彼女たちは本当の俺を見ているわけじゃない」
アンドレアスの言葉がどこか意味深に聞こえて、ルツィエはそれ以上令嬢たちの話題を続けられなかった。
そんなルツィエに今度はアンドレアスが問いかける。
「そなたこそ、こんな場所で暗い顔をして大丈夫か? さっき貴族たちがそなたの話をしているのを聞いた。さぞ気分が悪かっただろう」
おそらく、フローレンシアを蔑んだり、ルツィエを品定めするような話を耳にしたのだろう。アンドレアスはルツィエを気遣うように眉を寄せた。
「もし泣きたかったら、ここで泣けばいい。俺だってそなたに泣き顔を見られているのだから遠慮はいらない」
そんなことを優しい声音で言われ、ルツィエは込み上げるものを感じたが、ゆるゆると首を振って微笑んだ。
「いいえ、私は泣きません。涙をこぼすわけにはいかないのです」
「……そなたは強い人だな」
「そんなことはありません。私はただ……泣けない呪いにかかっているようなものです」
「呪い? それは一体──」
いくらアンドレアスでも、これ以上のことを話すわけにはいかない。ルツィエは話題を変えてアンドレアスの装いを褒めた。
「今日の殿下はいつもと雰囲気が違いますね。とても素敵です」
「ありがとう。雰囲気が違うのは髪型のせいかもしれないな」
たしかに、今夜は片方の前髪を上げたスタイルなのが新鮮で、彼の綺麗な赤い瞳もよく見える。
「そなたも今夜は普段と違う雰囲気でとても……美しい」
「……ありがとうございます」
ルツィエを褒めるアンドレアスの耳が暗がりの中でも赤く染まって見える。それを見たルツィエの頬もまた赤く色づいた。
「……ルツィエ王女はダンスは嫌いか?」
「いえ、そんなことはありませんが……。どうしてですか?」
「ここにもうっすら音楽が聞こえてくるだろう? だからそなたと踊ってみたいと思ったんだが、ホールで見たそなたは、あまりダンスを好きそうには見えなかったから」
「さっきはダンスを楽しむ気分になれなかっただけで……本当は歌ったり踊ったりするのは好きです」
「そうか。それなら……」
アンドレアスがルツィエの前で礼儀正しく片手を差し出す。
「美しいルツィエ王女、俺と踊っていただけませんか?」
ルツィエが高鳴る胸の鼓動を感じながら、片手を差し伸べアンドレアスの手を取る。
「私でよろしければ」
その瞬間、アンドレアスが嬉しそうに微笑んでルツィエの肩を抱き寄せた。
「そなただから踊りたいと思ったんだ」
「……!」
アンドレアスの軽やかなリードでルツィエの足も弾むようにステップを踏む。
この場所はかすかにしか音楽が聞こえないし、足下だってでこぼこしていて踊りにくい。けれど、ホールで踊ったときよりもずっと楽しくて自然と頬が緩んだ。
「こうしていると、最初からそなたが俺のパートナーだったみたいだ」
「どういうことですか?」
「そのドレスとネックレスの色、まるで俺の髪色に合わせてくれたみたいだろう? 本当はそうじゃないと分かっているが……」
アンドレアスに言われてハッとした。
たしかに金色はアンドレアスの色でもある。
そのことに気づいた途端、身体中を締めつける鎖から解放されたような心地がした。
「アンドレアス殿下のおかげで、金色を嫌いにならずに済みそうです」
「え? それは──」
「話していると音楽が聞こえなくなってしまいますよ」
「……そうだな」
ルツィエはアンドレアスと見つめ合いながら、暗がりでのダンスを楽しんだのだった。