そしてすぐ幕が開く。
いつの間に移動したのか、父親役に継母役、連れ子役に令嬢役。その他、猫にネズミに疫病に民衆役まで一同に集まっていた。
ひと目見て彼らがどの役なのかわかるのは、演技をしていたからだ。
猫はしなやかに、ネズミはネズミせせこましく、疫病はおどろおどろしく。
そして、家族は家族らしく。
「……あ」
その時、劇を見ていた令嬢が泣いた。
劇中では令嬢を虐待し、猫を殺した継母が、それを見て見ぬ振りをしていた父親が、ただ愛されたいだけだった連れ子が。
それらすべてを疫病で殺し、高笑いした令嬢が。
まるで一枚の肖像のように、仲睦まじく身を寄せ合っているではないか。
憎しみは結末に到り、殺し合いは終わった。
それは現実ではありえない。
劇中ですらありえなかった。台本にもない姿。
現実からも虚構からも解き放たれた、カーテンコールという非現実のみで成立する、たおやかな光。
「ああ……」
そうだ。これは劇なのだ。
憎しみあっていても、救われなくても、最後には殺してしまっても。
すべてが終われば、このように。
魔法は解け。
笑顔の役者達が一斉に頭を下げた。
「本日は黒猫王子と復讐姫をご観劇いただき、ありがとうございました!」
こんなこと、なるわけがない。起こるわけがないのに。
目の前にある。
そうだ。わたしは。
わたしは愛故に憎んでいる。
愛憎に囚われ破滅へ向かう父親役を演じた座長が、何か小気味のいい挨拶をしている。
劇中の座長はすごく嫌なやつだったけど、素の座長はとても優しいのだ。
劇は終わった。
令嬢が涙を拭くと、ふと視線に気づく。
観客達がこちらを見ていた。
座長がなにか呼びかけているが、心がせわしなくてよく理解出来ない。
アベルに促されて立ち上がると、一斉に拍手が鳴り響いた。
「この素敵な台本を書いた麗しきご令嬢に拍手を!」
「もっと!」「もっと拍手を!!」
拍手はどんどん大きくなる。
怒りが、哀しみが、憎しみが、多くの人に伝わった。
愛していたことも。
以前、ミレナが嘘を交えて自分の話をした理由が今ならよくわかった。
真実を語るわけにはいかないけれど、伝えたい時ってあるのね。
自らをさらけ出し。
願いは叶えられた。
「元の台本だとどんな話だったのー!?」
「続きはないんですかー!」
「これまでの令嬢と今作の令嬢は同一人物なんですか!?」
観客には聞きたいことがたくさんあるらしい。
座長が「高貴なお方なので、勝手に話しかけないでくださーい!」と叫ぶ。確かに本来、気軽に話かけていい相手ではない。
しかし、令嬢のテンションは最高潮にあった。
「だ、台本は売ります!」
本来、劇の台本というのは売り物にならないというのが通例だ。理由は様々考えられるが、ひとつは劇の内容があらかじめわかってしまったら見に行く必要がないということ。
ふたつめは製本した立派な本にすれば売りものになるかもしれないが、そこまですると高額になりすぎて一般に需要がないことが問題だった。
でも、今回は気にしなくていい。
台本として売るのは本公演のプロトタイプだ。
しかも、台本の最後は主人公の死である。
「これで終わり!?」
と思った人々が劇を観に来てくれる可能性は十分にあった。
「買う! 買う買う買う!」「いくらですか!?」「どこに行ったら買えるんですか!?」
他の一座の役者連中らしき者たちが、一斉に叫びだした。
トロンで一番の黒猫一座がどんな台本を使っているのか、気にならないはずもない。
人々が台本に価値があると気づくと、火がついたように騒ぎ出した。
「静粛に! 静粛に!」
座長が大仰に呼びかけ、こう続けた。
「今から写本して次回公演の後に売るので、また観に来てください!! 値段はノリと勢いで決めます!! 初めてなんで、適正価格とかわからないんで! ご容赦ください!!」
万雷の拍手に叫び声、質問の嵐が座長へ向かう。
観客だけでなく、役者からも色々聞かれていた。
人垣の隙間から、座長がこちらを見る。
商魂たくましい座長のウインクに令嬢が気づき、ぺこりと頭を下げた。
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