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暗い夜道、頭も、心の中も真っ暗で、一人歩いてアパートに戻る。
橅木に話を聞いてもらったお陰で涙もだいぶ引き、ほんの一ミリくらい心が軽くなった。
「水野さんっ!!!」
大きな声で私の名前を呼ぶその声は震えており、私は驚き後ろを振り返る。
驚いたと同時に松田くんの腕の中に私はいた。
(ど、どいういこと? なんで松田くんがいるの?)
走って追いかけてくれたのだろうか、ハァハァと息を切らし、顔を見上げると耳まで真っ赤に染め額から首まで汗でびっしょり濡れている。
「水野さん……」
「何? んっ、んんっ……」
ひんやりした唇をこじ開け松田くんの熱い吐息と舌が私の舌を捉え熱く溶けそうになる。熱がどんどん広がり冷たかった唇も溶けそうなほど熱い。
熱く、燃えそうなキス。
「っつ……は、離して!!」
身体を捻らせるがそんなものは男の力には到底敵わず、更にギュッと抱きしめられる。
「離さない」
いつもよりも低い声でハッキリと言葉にされ、ドキンと心臓が跳ね上がり、再度唇を奪われた。
松田くんから感じる熱で本当に溶けてしまうんじゃ無いかと怖くなるくらい、頭もボーッとし足も立っているので精一杯だった。
ゆっくりと唇が離れていく。
「水野さん、俺の事好き?」
「っつ……何言ってるのよ……」
「……俺の事好きじゃ無いならもっと拒んで、ぶん殴ってもいいから」
松田くんの表情が少し泣きそうに見えた気がした。ジッと見つめる彼の瞳に捕らわれ、二人の唇がゆっくりと磁石のようにスッと引かれ違和感なく重なり合った。
熱く優しく、お互いの存在を確かめ合うように何度も何度も絡み合った。
キスをしすぎて真っ赤になった唇が開く。
「水野さん、好きです、付き合ってくれますか?」
ツーっと涙が頬を流れた。これは悲しい涙でもなければ、嫉妬から流れる黒い涙でもない。嬉し涙だ。
こんなにも感情を乱されるほどいつの間にか松田くんを好きになっていたなんて……
「……はい」
「はいって事は俺の事好き?」
「……はい」
笑顔一つない真剣な表情で私の顔を覗き込んでくる松田くんに、はい、と答えるのが今の私には精一杯だった。
「ははは、あー嬉しい! こんなにも嬉しい事一生ないかも!」
パァと松田くんは子供のような笑顔を見せた。
その笑顔が夜の暗闇の中だからかやけに眩しくて一生目に焼き付けておきたい、そう思った。
でも一つだけ気がかりな事がある。マコトの存在だ。これがスッキリしないといつまで経っても嫉妬を繰り返してしまいそうで怖い。勇気を振り絞って聞いてみる。
「松田くん……あの、マコトさんとはどう言った関係なの?」
「あ、さっき橅木さんもマコトちゃんって言ってたような気がしたんですけど、あいつ俺の幼馴染で男ですよ、誠って言うんです」
「お、男!?」
「つまりオカマってやつですかね?」
「んまっ……あんなに美人だなんて……」
ガクッと身体から力が抜ける。見た目も声も完璧に女の人だと思った。無駄な肉のない身体付きに、ぱっちり二重の大きい目に、小さい鼻、ポテっとした唇に緩く巻いた茶色のロングヘアーがよく似合っていた。男の人だなんて一ミリたりとも思わなかった。
「もしかして……誠に嫉妬してたんですか?」
ニヤニヤと笑いながら私の顔をジッと見つめる。もう恥ずかしくて穴があったら入りたかった。一人で勘違いして、嫉妬に塗れてましたなんて絶対に言いたくない。
「ち、違うわよっ、気になっただけよ」
「ふーん、そうですか、気になっちゃったんですね」
「んなっ! 大した意味はないわ!」
必死に言い訳したが多分松田くんには全てお見通しなのかもしれない。終始ニヤニヤしていた。
「あの、水野さんの部屋に上がってもいいですか?」
「えぇ!? うち!? 何でよ、き、汚いわよ!」
「汚くないですよ、一回お邪魔してるし、だってやっと両思いになれたんですよ? もっと一緒に居たいと思ってるのは俺だけですか?」
子犬のようなうるうるした瞳で見つめられちゃ断れるはずがない。
「それは……そうだけど……」
「駄目ですか?」
「……いいわよ」
押し負けた。もしかしたら私は押されることに弱いのかもしれない。
三十歳にして知った自分の弱点、押しに弱い。
「ちょっと待ってて!」
(こんなことになるならもっと普段から綺麗にしておけばよかった〜っ)
先に部屋に入り目につくところはささっと片付けてから松田くんを招き入れる。「お邪魔します」とキチンと靴を揃えるところが更に彼に対しての好感度が上がった。
「麦茶でもいいかしら?」
「あ、ありがとうございます、実は喉がカラカラでした」
「凄い汗かいてたもんね」
「あっ、俺汗臭いですか!? すいませんっ、水野さん追いかけるのに走ってたから」
「大丈夫、全く臭くないわよ」
私の事を追って汗だくになったと聞いて松田くんのことが愛おしいと思う気持ちがどんどん膨らむ。人を好きになるってこんなに優しい気持ちも持てるんだ……
出した麦茶をゴクゴクと一気に飲み干す松田くん。相当喉が渇いてたんだろう、おかわりの麦茶を注いでから「ちょっと着替えてくる」と私はリビングを出た。
寝室に入りスーツを脱ぐ。この隣の部屋に松田くんがいると思うと着替える為に脱いでいるだけなのに無性に恥ずかしくなり急いでパーカーにデニムとゆるい私服に着替えた。
「お待たせ」
「水野さん、こっち来てください」
松田くんは隣に来てと床をポンポン叩いてアピールしてくる。
……恥ずかしい。でもここで恥ずかしがってたら両思いじゃない時と何も変わらない気がして、ゆっくり松田くんの隣に腰を下ろした。
肩が触れるか触れないかの距離を開けたが一瞬でそれは意味の無いものになり、松田くんに肩を抱かれピッタリくっついてしまっている。だけど緊張よりも心地よいと思い、離れたくない、そう思い、素直にそのまま松田くんにもたれ掛かった。
「ははっ、両思いって最高ですね」
腰を更に抱き寄せられ私と松田くんはピッタリと引き合うようにくっついた。
「水野さん、俺たちが付き合った事は会社の人には言ってもいいんですか? それとも二人だけの秘密、とかにします?」
同じ部署でしかも年下の男と付き合ってる人なんて聞いた事ない。もしバレたら皆んなにいじられるんじゃないかと思うと……恐ろしいっ。
「二人……いや四人の秘密しましょう」
「四人って誰のことですか?」
「松田くんと、涼子と橅木と私の四人かな」
「あ~……橅木さんにも言うんですね」
「橅木にはなんだかんだお世話になってるからね」
「そうなんですか……同期とかいて羨ましいです」
少ししょぼんとしているような気がする。
確かに松田くんは中途採用だから同期とかはいないはずた。心細かっただろうな……
「同期はいないけど、優秀な上司が沢山いるんだからいいじゃない! ね?」
「真紀」
「へ!?」
不意に呼び捨てで名前を呼ばれ変な声を出してしまった。恥ずかしい。
ドッドッドッと自分の身体の中にドラムがあるのかと思うくらい身体の中で心臓の音を響かせる。
「真紀って呼んでいいですか?」
「あぁ、い、いいわよ、でも会社では絶対駄目よ」
会社では呼ばないように釘を刺す。バレてしまうのも怖いし、心臓が爆発しそうになるし、なによりもあくまで上司と部下の関係は崩したくない。
「真紀」
「っつ……」
耳元で囁くように名前を呼ぶものだから松田くんの吐息が当たって背筋がゾクゾクする。自分でも分かるくらい多分今顔が真っ赤に染まっていそうだ。
「真紀、好きだよ」
「なっ……」
「真紀」
何度も何度も囁かれ私の耳も身体も心も限界だった。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちとで混濁し身体の底から松田くんが好きという気持ちが溢れ出そうになる。でも好きと言うのが恥ずかしいと思う気持ちの方が勝ってしまい「私も好き」のたった一言がどうしても言えない。
「ありがとう」と言うのが今の私の精一杯の受け答え。
「じゃあそろそろ終電無くなるから帰りますね」
「あ、送って行くわよ」
「こんな夜中に女性を外に連れて行く訳ないでしょ? じゃあまた明日」
「ありがとう……じゃあまた」
「真紀」
優しく触れる唇。好き。この触れ合っている唇からこの想いが通じればいいのに……
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
パタンと玄関ドアが閉まり、急に静かになった自分の部屋。何故か居心地が悪い。冷静になって改めて思った。
「え、私松田くんの彼女になったの!?」
何十年ぶり? もう数えられないくらい久しぶりな恋人という響きがむず痒い。
明日から会社で普通に出来るか不安でしょうがない。ニヤけてしまわないか、目で追いかけてしまうんじゃないかと頭が松田くんでいっぱいになった。