コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ピピピ、ピピピーー 朝のアラームで目が覚める。まだ眠たいとなかなか開かない瞼を擦り薄目でスマホを確認するとメールが一件届いていた。
松田からのメールに、ドキンと胸が高鳴り目が大きく見開いた。時刻を確認すると昨日の夜零時過ぎにメールが来ていたみたいで寝ていて気づかなかった。
”今日は最高の日になりました。明日からもよろしくお願いします、おやすみなさい”
な、なんてまめな男だ、と感心する。その癖私は……メールなんて発想一つも浮かばなかった。
(恋愛に遠ざかりすぎてて恐ろしい……こんな事思いつかなかったわ……)
朝から自分の恋愛能力の低さを痛感し、緊張しながら会社に向かう。毎日同じ道を歩いているはずなのに、今日はいつもより道がキラキラしているような気がして、両思いになった恋愛脳の恐ろしさも痛感した。
(つ、ついに着いちゃったわ……)
ゴクリと生唾を飲み込み、会社のドアに手を伸ばす。
このドアを開ければ多分九十パーセントの確率で松田くんがいるだろう。ニヤケそうになる顔をギュッと引き締めドアノブを回す。
「おはようございます……」
「あ、水野さん、おはようございます」
いつも通りな松田くんに拍子抜けしそうになる。もしかしてこんなに意識しているのは私だけなのかもしれない。そう思うと急に恥ずかしくなり松田くんから顔を逸らしてしまった。
コツコツと松田くんが近づいてくる足音がする。
(やだ、私だけドキドキしちゃってて、今絶対顔赤いもの、見られるの無理!!!)
「水野さん」
「な、何かしら」
チュッとわざと音を立て私の頬にキスをし「意識しすぎ、可愛い」と耳元で囁いた。
「んなっ!!!」
「そんなんじゃバレちゃいますよ?」
お前のせいだー! と叫びたくなったがグッと我慢をしフゥーと一息、平常心を保つ。
「し、仕事始めるわよ」
「はい」
その後はいつも通り仕事をこなせたと思う。
昼休憩になりいつも通り涼子をランチに誘い会社を出る。喫煙所にいる橅木が目に入ったので強引に腕を引きランチに誘った。
「なんだよ真紀〜、なんか言いたい事があるんだろ?」
本当に勘の鋭い男だ。でもその通り。松田くんと付き合う事になった事をこの二人には自分の口から伝えたい。
一番最初に松田くんと食べに来た中華料理店に入る。
涼子も橅木も初めて来たらしく、良い店だね、と喜んでいた。
涼子は青椒肉絲セット、橅木は麻婆豆腐丼、私は八宝菜セットを注文した。
料理が来るまでの間それはそれはすごく尋問された。
「で、結局松田と真紀は上手くいったと」
「そうなんです、お二人には色々助けてもらいありがとうございました、そしてこの事はどうか内密に」
「真紀の言い方! どこぞの悪い人みたいな、でも本当あたしは嬉しい、おめでとう真紀」
「俺も嬉しいよ、松田に幸せにしてもらえよ?」
「いやいや、結婚じゃないんだから」
「「するかもよ?」」
涼子と橅木の声が重なり三人で笑った。
結婚……ずっと一人で生きて行くと思っていた私に急に見えた結婚という兆し。
松田くんとなら上手くやっていけそうだな、料理も上手だし……なんて一人プチ妄想をしていたら料理な運ばれてきていた。
美味しいと二人とも言ってくれたのでよかった。
本当にこの中華料理店は穴場な店だ。松田くんに、いや松田に教えてくれた部長に感謝だ。
二人にはお世話になったのでここの会計は自分もちにする為に先に席を立ち会計を済ませた。
「真紀、あたし達の分まで本当にいいの?」
「いいの! 二人にはこれからも相談に乗ってもらうかもしれないし」
「俺の相談料はたけぇからな!」
三人で会社に戻ると私のデスクの前にムスッとした顔で松田くんが待ち構えていた。こんな光景この前もあったような……
「水野さん……」
「ま、松田くんどうしたの?」
「別に……何でもないです」
明らかに不機嫌な松田くん。ドスッと椅子に座りバチバチ音を立ててキーボードを打ち始めた。
「ありゃ、俺にヤキモチ妬いたな」
「えぇ!? なんでよ……」
「まぁそれは真紀の事を独占したい欲じゃない?」
「独占欲……」
私が誠に嫉妬したように松田くんは橅木に嫉妬をしているのだろうか。少し顔がニヤケそうになる。嬉しい。
松田くんはほぼ独り立ちし、一緒に行動する事が少なくなった。午後の業務も別々だったので松田くんと顔を合わす事が意外と少なかった。
「寂しいな……」
休憩室で一人激甘のコーヒーを飲む。無駄に静かな空間。
松田くんの顔が見れない寂しさが急に込み上げてくる。
「なんで寂しいんですか?」
後ろから松田くんの声が聞こえ持っていた砂糖とミルクがたっぷりの激甘コーヒーを落としそうになった。
「うわっ、松田くん!?」
「もしかして、俺に会えなくて寂しかった?」
「なっ……違うわよっ」
「ふーん、じゃあいいです」
ツンとそっぽを向いて会議室の方へ松田くんは歩いて行ってしまった。
「……やっちゃったかな」
はぁ、と両手でこめかみを抑えてズーンと気分が落ちる。
(……素直に寂しかったって次は言おう)
グッと激甘コーヒーを飲み干し仕事に戻った。
仕事が終わったのは夜の十九時。デスクを見るとまだ松田くんの鞄が残っていた。
(まだ松田くん居るのね……待ってみようかな)
松田くんと一緒に帰る為に自分の椅子に座り松田くんを待つ。
つい最近の自分からは想像もできない。彼氏の仕事を待つ自分……
何とも幸福な温かい浮遊間に包まれている気がした。
「あ、起きました?」
「んん……んん!?」
目の前には松田くんの顔。そして自分は横たわり松田くんの太腿に頭を置いている。
浮遊間……寝ちゃったのかい! と自分に心の中でツッコミを入れた。
確か自分の事デスクで待っていたはず。
もしかして松田くんに抱えられて休憩室に移動したのか……確認するのも恥ずかしいので聞くのは、やめた。
「もう皆んな退社して俺たちだけですから安心して下さい」
「え、ええ、ごめんなさい」
ガバッと起き上がり髪の乱れと呼吸を整える。
昼間の雰囲気とはまた違う静かな夜の休憩室が心臓の動きを早める。二人きり……緊張して手汗をかいてきた。
「お水飲みます?」
「あ、うん」
紙コップにウォーターサーバーから水を出し注いでくれたのをゴクゴクと喉を鳴らし一気に飲み干した。
「そんなに喉渇いてたんだ」
「はは、寝起きだからかなぁ」
よかった。緊張しているとはバレていないみたいだ。
昼間の決意を実行する時がきた。
グッと一息飲み思った事を言葉にする。
「……松田くんと一緒に帰ろうと思って待ってたら寝ちゃってたみたい」
顔を見る事は出来なかったがちゃんと言えた、と達成感。チラッと松田くんの方を見ようとした瞬間あっという間に松田くんの腕の中。ギュッと強く抱きしめられて少し苦しいくらいだ。これでは松田くんが今どんな顔をしているのか見れない。
「松田くんっ、苦しいよ」
「あ~ごめんなさい、今嬉しすぎて顔がゆるゆるだと思うんで見ちゃ駄目」
そう言われると見たくなるのが人間の衝動。身体を揺さぶってみるが松田くんはビクともしない。
「駄目だって言ってるのに」
「え?……んッ……」
一瞬見えた松田くんの顔は真っ赤に染まっていた気がしたが、それを気にしてられないくらいに熱く濃厚なキス。
二人の息遣いだけが部屋に響きなんだかただの休憩室が凄くいやらしく感じてしまった。
「水野さん顔真っ赤」
「んなっ! 松田くんのせいだからね! もう、帰るわよ!」
「ははは、帰りましょう」
二人並んで会社を出る。
松田くんに手を繋ごうとお願いされたがまだ会社の近く、誰かに見られたら大変だ。手を繋ぎたい……そう思ったが「会社が近いから駄目!」と断ってしまった。
ショボンと肩を落とす松田くんが無性に愛おしく思えた。本当は私だって手を繋ぎたい。
二十時を過ぎているからか電車内は空いていて座席に座る事ができた。家まで三駅だがやはり座れると脚がものすごく楽になる。
松田くんの降りる駅は会社から一駅なので五分程で着いてしまった。
今までなら一駅も長く感じでいたが今日は違う。こんなにも時間が経つのが早く感じた事はない。
「あ、松田くん着いたわよ」
「水野さんの家まで送りますよ」
「いいわよ、遠回りになっちゃうでしょ」
「いいんですよ、俺がまだ一緒に居たいから」
「そ、そう……」
嬉しかった。本当はもっと一緒に居たいと思っていたのに、どうしても素直に気持ちを伝えることが出来ない。
私がもっと若くて素直な女の子だったら、まだ一緒に居たい、とか言えたのかな、と非客的な事を思ってしまう。
三十歳と言う歳の壁はやはり私には大きく感じる……
「真紀、ん」
急に名前で呼ばれてドキンと身体が熱くなる。
流石に私の降りた駅には会社の人はいないと思ったのだろう、松田くんはまるで子供が母親に手を繋いで欲しいと言っているような眼差しで手を差し出してきた。
「仕方ないわね」
(あ~また、可愛くない返事しちゃった……)
ソッと松田くんの手を握り、二人で並んで歩く。
冷えたお互いの手が段々暖まってきたところでアパートが見えた。
アパートまで五分の道のりが今では短くて物足りない。やっと繋げた手を離すのが惜しい。
「もう着いちゃいましたね、じゃあまた明日」
「えぇ、じゃあまた、明日」
繋いでいた手をグッと引き寄せられバランスを崩し松田くんの胸に引き寄せられた。
「ちょっと……」
「誰も居ないから大丈夫」
「えっ……んっ……」
松田くんの大きい手が私の頭を掻き抱き、ゆっくりと私の口の中に松田くんの舌が入ってくる。熱くて溶けそうなキス。
「ふっ……んん」
リップ音が静かな夜道にやたら響いているように聞こえ耳にもキスをされているような感覚に陥る。
「あー、こんな真紀の可愛い顔誰にも見せたくないからもうお終い」
「……何言ってんのよ」
「可愛いって言ってるんですよ、はぁ……帰りたくないなぁ」
私もだ。まだ一緒に居たい……
「も、もう一回だけなら、い、いいわよ」
どうしよ、こんな事言っちゃって……引かれちゃったかしら……
さっと俯向く。恥ずかしくて松田くんの顔が見れない。
「あ〜それは反則すぎ」
クイッと顎をもたれ顔を上げられると嬉しそうに何故か松田くんが耳まで顔を真っ赤に染めている。言った私が赤くなるのは分かるけど、まさか松田くんまで恥ずかしいと思っているのかと思うと胸がキュンとした。
「真紀……」
そっともう一度重なった唇。
優しく私の中に入ってきて隙間なく絡みつく舌になんだかお腹の辺りがジンジンしてくる。
唇の隙間から溢れてしまう自分の甘い女の声に驚きながらも唇を離すことができない。
「んっ……ふっ……っつ……」
「……っはぁ、……もうこれ以上は俺が無理。我慢できなくなるから」
その意味は大人だから、十分に分かる。分かるけど……
「あ、明日も仕事だからね、送ってくれてありがとう」
「ですね、じゃあまた明日、おやすみなさい」
どうして素直になれないんだろう……
松田くんの歩く後ろ姿を見ながら「はぁ」と深い溜息が溢れた。