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桜咲かな
142
#学園
人間🫧🪄/👤💚
488
◇
ドンッッ!!!!
ジムの静寂を切り裂く、乾いた衝撃音。
自分の右拳から腕を伝って、肩の関節へズンと抜けていく手応え。
それは半年間、会長に嫌になるほど繰り返させられた「完璧なフォームで叩き込んだ時」の感触そのものだった。
(あ……入った……!)
グラリ、と鷹村さんの巨体が大きく傾く。
膝から崩れ落ち、そのままリングのキャンバスへどさりと倒れ込んだ。
バタン、と重い音が響く。
「……え?」
自分の目の前で倒れているプロボクサーの姿を見て、僕は言葉を失った。
アドレナリンの熱がスーッと引いていき、青く透き通っていた視界が、いつもの薄暗いジムの風景に戻っていく。
自分の手を見る。
14オンスの大きなグローブ。
そこには、僕がずーっと恐れていた「怪物のような暴走」の感覚は一切なかった。
あったのは――
トントンと床を蹴ったフットワーク。
アゴを引き、脇を締めたガード。
そして、床を蹴った力を腰の回転に乗せて振り抜いた、会長直伝の右アッパー。
(僕の……僕のボクシングで、倒せた……?)
「……おいおい、マジかよ」
「鷹村が……倒された……?」
周りで見守っていた先輩たちが、口ぐちにざわめき出す。
倒れた鷹村さんは、頭を振らせながら「くっ……!」と何とか上体を起こそうとしていたけれど、完全に足腰が立っていない。
それほどまでに、未来視で見えた「無防備なアゴ」へのカウンターは完璧だったんだ。
「未来……」
低く、地鳴りのような声がした。
ハッと息を飲んで振り返ると、リングの下で陣内会長が煙草を咥えたまま立っていた。
灰がボタボタと落ちているのにも気づかないくらい、目を見開いて僕を見つめている。
「会長……あ、あの、すみません! 僕、手加減ができなくて――」
叱られると思って焦って頭を下げようとした僕を、会長の怒号が遮った。
「馬鹿野郎!! 謝るな!!」
「ひっ……!」
「今のがなんで入ったか分かってんのか!? 鷹村が右を打つコンマ数秒前、お前はもう沈み込んでた! 相手の肩のピクつき、体重の移動、息遣い……そのすべてを『察知』してなきゃ、あんなタイミングで打てるわけがねえ!」
会長がリングのロープをグッと掴み、身を乗り出してくる。
その眼光は、まるで獲物を見つけた猛獣みたいにギラギラと輝いていた。
「お前……今までずっと恐怖で『自分』を殺してやがったんだな。その研ぎ澄まされすぎた察知能力(感性)を、自分の殻の中に閉じ込めてやがったんだ」
「察知能力……」
「そうだ! 基礎を叩き込んだことで、お前のその『異常な勘』に身体が追いついたんだよ! 見ろ、今のカウンターを! 完璧なタイミング、完璧なフォーム……これこそが、俺がずっと探していた『本物のカウンター』だ!」
会長の言葉が、胸の奥深くにスッと染み込んでいく。
未来が見える体質。
それは決して、人を傷つけるだけの気味の悪い「呪い」じゃない。
ちゃんと努力して、身体を鍛えて、正しく使えば――世界を制する最強の「武器」になるんだ。
「刃向未来!」
会長が僕の名前を叫んだ。
「今日からお前の目標を変えるぞ! さっさとプロテスト受けて、その見切りでリングの上を無双してこい!!」
「……っ!!」
込み上げてくる熱いものに、胸がギュッと締め付けられる。
あの日、放し飼いの犬に襲われてから、ずっと暗闇の中で怯えていた僕の子供時代。
それが今、完全に終わった瞬間だった。
僕の右拳に宿ったのは、恐怖じゃない。
世界を殴り倒すための、最高の未来(ひかり)だ。
「――はいっ! よろしくお願いします!!」
僕はヘッドギアの上から力いっぱい目元を拭い、会長に向かって、今までで一番大きな声で返事をした。
コメント
1件
わあ……第5話、読み終わりました。衝撃の一撃から始まる冒頭、もう息を呑みました。 「未来視」が「呪い」じゃなくて、会長に認められたことで「武器」に変わった瞬間、胸が熱くなりましたね。あの「謝るな!!」の怒号に泣きそうになりました。ずっと自分を♡♡♡てきた主人公が、初めて自分を肯定された——その解放感が、地の文の熱量からひしひしと伝わってきました。 次、この輝きがリングの上でどう花開くのか、本当に楽しみです。