ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。今はレンゲン公爵家の縁者シャーロット=レンゲンとしてジョゼに付き従ってパーティー会場をさ迷っています。
ジョゼはレンゲン公爵家の一人娘、その価値は計り知れないものがあります。そんな彼女とお近づきになろうと様々な貴族達が接触してきました。中には明らかに下心を抱えたものも居ます。
この場合の下心とは、簡潔に言えば社交の場に慣れていないジョゼを手篭めにしてしまおうと考えている不埒者達のことです。
私も正直に言えば社交界の類いは大嫌いでした。情報収集や人脈、縁を作るために重要なものであると理解はしていますが、どうにも息が詰まる。着飾って愛想笑いを終始維持しながら様々な人と言葉を交わすのは正直疲れますし、単純に楽しくない。
レイミと過ごしたりお母様から指南を受けたりお父様と内政談義をしている方が遥かに楽しかった覚えがあります。
そしてそれは今も変わらない。さっさと終わらせて、マーガレットさんと黄昏の近代化計画を進めたいものです。
とは言え、この場における自分の役割もちゃんと認識していますし、可愛いジョゼに寄り付く悪い虫を放置する道理もありません。
「ジョゼ姉様は御気分が優れない様子ですので、ここまでにしていただきたく。さっ、姉様こちらへ。少しお休みしましょう」
今もしつこくジョゼに言い寄る伯爵家のお坊ちゃんを撃退して、ジョゼを人集りから連れ出しました。全く、あんな感じの輩は身分をちらつかせて追い払えば良いのに……ジョゼは優しい。
確かに相手は美形ではありますが、社交の場で堂々と口説こうとして、更にしつこい。息子を見れば親の勢力も分かると言うもの。レンゲン公爵家にとって、薬にも毒にもならないような貴族と無理をしてお付き合いをする必要はありません。
「ねえさ……シャーロット、助かりました」
「ジョゼ姉様は優しすぎますね。あのような輩には毅然と振る舞っても問題はありませんよ?貴女はレンゲン公爵家のご令嬢なのですから」
将来的には他家から婿を迎えることになるでしょうが、カナリアお姉様の前例がある以上ジョゼが跡取りになるのは明白です。多少の下心は許しますが、ジョゼに相応しい殿方を選ばないといけません。
「どうにも強気になるのが苦手で……」
うーん、カナリアお姉様の娘とは思えない気弱さ。まあそこがまた可愛いのですが、将来を考えると少し不安にはなります。
もちろん私としてもジョゼを支えるつもりではありますが、四六時中傍に居るわけではありませんからね。
会場の隅でジョゼを休ませつつ、私は会場内を見渡します。北部閥の代理人達は消極的ですね。見るからに武人然とした風格がありますし、社交界は得意ではないのでしょう。笑顔で遠回しに罵り合うような世界ですからね。
西部閥と東部閥の貴族達は積極的に交流しているように見えます。潜在的に対立関係にある両者ですが、表面上は融和を図る姿勢を見せねばなりません。名目上帝室関係者が主催しているパーティでは尚更です。
そして日和見主義の南部閥は、ワイアット公爵を中心に様々な勢力と縁を結ぼうと躍起になっていますね。
ただ、東部閥に重点を置いているように見えるのは気のせいではないでしょう。少なくとも彼等は東部閥が有利であると判断しているのでしょうね。
その判断は決して間違いではありません。第二皇子を取り込み、帝室を味方に付けた東部閥が政争の場で優位を占めているのは事実。
立地的にも帝都は東部に属しますし、本来西部は辺境とも呼べるような場所です。
ただし、この不利を歴代のレンゲン公爵家の当主達は正しく認識していました。
辺境の土地であった帝国西部を少しずつ開発していき、豊かな土地を有するため農業も盛んで、有力な交易港を複数有する巨大な商業圏にまで成長させました。
現在もライデン社の支援を受けて近代化に邁進しており、帝国で最も豊かな場所となっています。
そしてその豊かな領地から得られる莫大な税収はレンゲン公爵家はもちろん、西部閥全体の地力を跳ね上げています。カナリアお姉様が本気を出せば、東部閥を遥かに上回る動員力と武装化を果たせるでしょう。
とは言え、今は内政に重点を置いている様子。ライデン社のマーガレットさんと協定を結びましたし、今後も西部閥を中心に技術支援を行うように取り決めました。これで他の勢力の近代化を鈍化させることが出来ます。ライデン会長の自由奔放さには少しばかり警戒が必要になりますが、大勢には影響もないはず。
思考を巡らせながら周囲を観察。ジョゼも私が手渡した果実の甘いジュースを飲んで疲れを癒しています。もちろん黄昏産のものですから、味も保証します。
……しかし、困りました。ジョゼのフォローを行いつつ情報を集めていますが、本命であるアーキハクト伯爵家に関する話題がありません。十年前の事件とは言え、貴族の世界ではショッキングな出来事だった筈。多少なり情報を得られるかと期待していたのですが……。
そう考えると、金髪の美女を連れた赤髪の青年が近付いてきました。ふん、腕を組んでいますよ。
「これはこれは、レンゲン公爵家のご令嬢は少しお疲れのようだ。慣れていないのかな?」
「で、殿下っ!?」
第二皇子とフェルーシアですね。婚約者みたいですし、挨拶回りをしている最中に立ち寄ったと。全く迷惑な話です。ジョゼも緊張していますね。
「ナインハルト=フォン=ローゼンベルク第二皇子殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます」
然り気無くフォローしておきますか。
「あら、私には挨拶がないのかしら?見掛けない顔だけれど」
フェルーシアが意地の悪そうな笑みを浮かべていますね。変わりませんね。
「それは申し訳ありません。レンゲン公爵家の縁者、シャーロット=レンゲンと申します」
「あっ……ジョセフィーヌ=レンゲン公爵令嬢がご挨拶申し上げますっ!」
「ジョゼ姉様、落ち着いてください」
「はははっ、ジョセフィーヌ嬢は可愛げがあるじゃないか。女公爵のご令嬢とは思えないな」
「あら、殿下。私を妬かせたいのですか?」
「おや、私の本命は君だけだよ。妬いてくれるなんて可愛いじゃないか」
目の前でイチャイチャする、今まさに権力の頂点に居るかつてのライバルを見て、シャーリィは密かにため息を漏らした。
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