テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
佐久間くんの伏せられた長い睫毛が震えてる。
目尻に僅かに光るものが見えて、それがまるで宝石みたいに思えて顔を近付けた。
顔にかかる陰に気付いて視線を上げると、蓮の端正な顔が思いの外近くにあった。
驚きよりも綺麗だなって見惚れてしまって、ついじっと見つめてしまう。
ーそして同時に、思った。
((……あ、キスしちゃう))
意識した時にはもう唇は重なっていて
数秒柔らかく触れただけで離れた後は、お互い呆然と相手の顔を見ていた。
コンコン
響いたノックの音に同時に肩をびくっと震わせる。
「めめー、佐久間いた?そろそろ時間だけど」
扉からひょっこりと顔を覗かせた深澤の普段通りの声に、はっと我に返った。
「あっ、う、うん。今戻ろうとしてたところ」
「わ、悪いな深澤。すぐ行く!」
「…? ならいいけど」
俺達の様子に深澤が不審そうな顔をしてたけど、正直それを気にする余裕なんてこれっぽっちもなくて。蓮の方を振り向くことも出来ずに急いで部屋を飛び出した。
「何だあいつ。…何かあったのか?」
「…ない、けど…あったかも」
「は?」
二人を置いて部屋を出た俺は、そんな会話が交わされてるなんて知る由もなかった。
何で?どうしてキスなんてしちゃったんだろう?
これまで蓮のことを恋愛対象として意識したことなんてない。蓮からだって、そんな気配を感じたことはないのに。
その場の雰囲気?それにしたって何でキス??
それにしても蓮の唇ちょっとかさついてたな。でも柔らかくて…何か気持ち良かった、かも…?
そうじゃなくて!!
ぐるぐるぐるぐる
もうずーっと思考はループしっ放し。
雑誌のインタビューだって何を聞かれて何を答えたのか全然覚えてない。後でマネージャーに変なこと言ってなかったかチェックして貰おう…。
全員での撮影は終わってたから、一人一人の撮影をして今日は終わり。
この後は仕事も入ってないし、もうとっとと帰ろう!そしてツナとシャチに癒してもらって寝て忘れる。それがいい。絶対。
そう心に決めて、いつもはダラダラと居座る控え室から出ようとして
結果、失敗した。
「れ、蓮…」
「…帰るんなら、一緒に帰ろ佐久間くん」
「あ、いや、え?」
「いいよね?」
扉の前に立ちはだかる蓮は、さながらそり立つ壁だ。
それに何か圧がすごい。
怒ってるとか不機嫌なわけじゃないけど、顔が真剣過ぎてちょっと怖い。
え、何で?
「はいはいお二人さん、出入り口塞いだら邪魔だからね」
何だか真剣な蓮と戸惑ってる俺の間に深澤が入ってきた。
え、何そのニヤけ顔。
「仲良く一緒に帰ればいいだろ? 先輩後輩で風呂友なんだから」
「え、今それ関係あんのか?」
「あるあるある。関係しかない。なー、めめ?」
ニヤニヤしてる深澤に話を振られて、さすがに蓮も困り顔してる。何でこいつこんなに楽しそうなんだよ。
「はいはい、いいから帰った帰った!」
「え、ちょ、おい!!」
「ちょっとふっかさん?」
くいぐいと深澤に背中を押されて控え室から放り出される。
「じゃーな、お疲れ様〜」
にこやかに手を振る深澤が扉をぱたりと閉めて。廊下に取り残された蓮と二人、気まずい沈黙が降りる。
何この空気どうすんだよ。
蓮の方を振り向くことも出来ずにいると、ふーっと息を吐く音が聞こえた。
「佐久間くん、行こ。俺今日車だし送ってくから」
327
さっきより柔らかい声に思わず顔を上げる。困った顔はさっきと変わらないけど、ちょっと微笑んでもいた。
「…分かった、よろしくな」
車の中は特に会話もなく、お互いに黙ったまま俺の自宅に到着した。俺が蓮といて、こんなに喋らないの初めてじゃないかってくらい。
マンションの前に停まってまだ続く沈黙。
ちらっと蓮の方を見ると目が合って、それが何だかしょぼくれた大型犬みたいに見えた。
もうここまで来たら仕方ないと腹を括る。
「家、上がってくか」