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──3日後、ティアはグレンシスとともに、王城であるトゥレムヴァニエール城に足を運んだ。
隣国オルドレイに嫁ぐ、第四王女アジェーリアとの顔合わせのために。
「いいか、お前の為に言っておくが、余分なことは喋るな。口答えなど言語道断だ。そんな発想すら今は捨てろ。とにかく言われたことには素直に頷け。良=いいな?わかったな?返事は?」
「……やだ」
「やだって……お、お前、死にたいのか?」
子供のように、ぷいと横を向くティアに、グレンシスは青筋を立てる。
緑豊かな歴史と芸術をすべて集めたような敷地内で、ティアとグレンシスは回廊を歩いている。
歩きながら、グレンシスは片手でぐりぐりと自身のこめかみを揉む。
王女アジェーリアがティアに興味を持ってしまった今、彼は本気で、ティアのことを案じている。
ウィリスタリア国の第四王女アジェーリアといえば、その美貌もさることながら、気難しいことでも有名だった。
暴君と呼ばれるために生まれてきたようなアジェーリアは、気分次第で無理難題を吹っかけてくるし、ワガママで意地が悪い。
そんな王女の傍仕えになったら、ティアは輿入れの道中、ずっと玩具にされてしまうだろう。
グレンシスは、2年前からアジェーリアのお目付け役なので、その暴君っぷりは身をもって知っている。
昨年消費した胃薬と頭痛薬は、王城に勤める者の中で右に出るものはいないと自負している程に。
だからグレンシスは、ティアを人形のように大人しくさせ、王女が興味を失くすように仕向けようとしている。
一方ティアは、自分の置かれた状況があまりにも奇想天外すぎて、青ざめていた。
環境の変化に慣れていないティアは、ロハン邸に到着したときは、目先の事しか考えられなかった。
しかし一晩経って、片想いの相手と同じ屋根の下にいることに気づいてしまったのだ。
グレンシスの存在は、ティアにとって宝物のようなもの。時折思い出して、胸を温めて、そしてまた大切に心の底にしまう存在。
それなのに、リアルなグレンシスの気配があちらこちらにある。
それを感じ取ってしまったティアは、大パニックに陥ってしまい、与えられた部屋に引きこもってしまった。
今朝は、メイドに無理矢理ドレスを着せられ、馬車に押し込まれて、ここに連れてこられた。
そんな経緯があるティアは、グレンシスの言葉をまともに聞ける状態ではなかった。
「ティア、これは最後通告だ。絶対に王女に向かって口答えをするな。お前は今から【はい】という言葉以外使えないと自分に暗示をかけろ」
グレンシスは、膝を折ってティアにそう言い聞かせる。
離れた場所から見れば、年の離れた兄が、妹を諫めているようだが、グレンシスの表情は、脅迫、強請り、といった表現のほうが似合っていた。
「……ぁ……ぃ」
蚊の鳴く声で返事をしたティアは、頭の中では別の事を考えていた。
(騎士様は、怒っていても、やっぱりカッコいい)
パリッとした濃紺の騎士服も憎らしい程に似合っているし、初夏の太陽は眩しくて、グレンシスをより輝かせて見せている。
うっかり気を抜くとダラけた顔になりそうなティアは、気合を入れるために、むにゅっと自分の頬を押さえた。
しかしそれは、グレンシスにとって煽り行為に見えてしまったようだ。
「ティア、遊んでないで、ちゃんと返事をしろ。死にたくなければ、俺の言うことをきくんだ。いいな」
エリート騎士のグレンシスの眼力は、生半可なものではなく、ティアは怯えながら何度もこくこくと頷いた。
「ったく、最初からそうやって素直になればよかったんだ……」
やれやれと言いたげなグレンシスの口調に、ティアはむっとした表情をしたけれど、口を開くことはしなかった。
なぜなら、王女の自室が目前だったから。
隣を歩くグレンシスは表情を引き締めると、王女の私室の前にいる衛兵に声をかけた。
「殿下に伝えてくれ。例の少女を連れてきたと」
「御意」
グレンシスの言葉に衛兵は慇懃に礼を取ると、その一人が王女の私室へと消えて行った。
それからしばらくの間、扉の前では沈黙が落ち──いっそ帰ろうかとティアが思った瞬間、豪奢な扉がゆっくりと開いた。