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扉が開かれ、入室を促された。


まず最初に王女の部屋に足を踏み入れたのは、グレンシスだった。

非の打ち所がない所作で一礼して、ティアの方を振り返り、早く入れと目で訴える。


けれどティアは、その一歩が踏み出せないでいた。部屋の中央にいる、豪奢な椅子に腰かけている王女アジェーリアが、あまりにも綺麗すぎて。

娼館で生まれのティアは、美女に囲まれて生活をしてきた。


そんなティアは今日、美しさには種類があることを、王女を目にしてわかった。


例えるなら娼婦は、泥中の蓮。汚れた環境の中でも、必死に生きようとする逞しさと、強かさを持っている。


反対に目の前の王女は、夜露を受けて輝くブルーローズ。野草ではなく、人の手で育てなければ咲かすことができない、高貴な花。

ブルーローズの花言葉は「神の祝福」と「不可能を可能にする」。この花自体が、奇跡のようなものだ。

ティアがそんなふうに思うアジェーリアの姿は、漆黒の髪に藍色の瞳で、ぽってりとした唇には、娼婦と同じ艶やかな朱色の紅をさしている。

身にまとうドレスは、初夏の季節にふさわしい水色のシフォンドレス。


硬直してしまったティアのことを面白そうに見つめるその表情は、どこにでもいる少女のようが、気軽に声を掛けることも、安易に手で触れることも絶対に許されない何かがある。


「ティア、こちらに来なさい」


王女の前では、さすがに乱暴な言葉遣いができないグレンシスは、ティアの元に戻り、そっと背を押す。


「あ、あの……」

「いいから来い」

「ぅ……ぁぃ……」


アジェーリアの高貴さを訴えたかったティアだが、グレンシスに睨まれ、ぎこちなく歩き出す。


その途端、王女の隣で控えていた中年の女性が、たまらないといった感じで首を横に激しく振りながら声を荒げた。


「やっぱりわたくしは、反対でございます!こんなどこの馬の骨ともわからない小娘が、アジェーリアさまの侍女として旅の共をするなど!!」


入室して5歩でディスられるとは、なかなかの歓迎ぶりだ。


そう思ったティアだが、中年の女性に深く深く同意する。いっそこのまま、役目を降ろして欲しいと願い、心の中で声援を送る。


バザロフには申し訳ないが、光り輝く王女の供など、荷が重すぎる。人間を癒したことは数多くあるけれど、天上人を癒した経験はないし、できると亡き母から聞いた覚えもない。

そんな気持ちからエールを送ったのに、侍女から返ってきたのは怒りと寂しさと、嫉妬が入り混じったものだった。


「だいたい、なぜわたくしノハエを差し置いて、こんな小娘がアジェーリア様の供なのですか!?幼少の頃からずっとお世話をしてきたわたくしこそが適任でしょうに!」


どうやら、ノハエという侍女は、ティアに対して不信を抱いているというよりも、ただ単に拗ねているだけようだ。


とても残念だ。ディスられることに喜びを覚える趣味はないけれど、ここはもっと自分に対して猜疑心を持ち、徹底的に非難してほしかった。


心の底から落胆したティアに、さらに追い打ちをかける言葉をグレンシスが放つ。


「ノハエ殿、長年アジェーリアさまのお傍にいらしたあなたが、そう思う気持ちは重々わかります。ですが、言葉に気を付けてください。この娘の身元はしっかりとしております。そして我が家で大切に預かっている令嬢でもあります。間者などではないことは私が保証します」


ちょっと……いや、かなり驚いた。


グレンシスが自分を擁護する言葉を口にするなんて、欠片も思っていなかった。

ティアは思わずカーテンが開け放たれている窓を見る。不思議なことに、晴天のままだ。


ピチチッと鳥のさえずりまで、遠くから聞こえてくる。この部屋のどこかの窓が開いているのだろうか。


冷静さを取り戻すために、ティアは意味のないことを全力で考える。


そうしていながら、たった今、グレンシスが口にした言葉を、心の中で咀嚼してみる。


彼の説明は、たくさんのことを端折ったけれど、嘘は何一つなく、どれだけ穿った目線で言葉の粗を探しても、自分を庇ってくれたことに間違いはない。

嬉しかった。ただの気の迷いだったのかもしれないが、それでも庇ってくれたことが、とても嬉しかった。


でも理由がわからないことに素直に感情をゆだねることができないティアは───


(人を見た目で判断するな!)


そんな憎まれ口を心の中で叩いて、じわりと湧き上がる暖かいものに気付かないふりをした。

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