バッシュとの戦いから約一週間が過ぎた。
王都レッドパルサードにある病院。
その一室にてメリーランは目を覚ました。
あの戦いから約一週間、彼女はずっと意識を失っていたのだ。
「ここは…?」
清潔感のあるベッドから体を起こし、辺りを見渡すメリーラン。
少し広い部屋に寝ていたらしい。
ここで初めてメリーランは、自身が病院にいることを理解した。
改めて自身の身体を見ると、頭に包帯が巻かれていた。
傷を摩るとまだ少し痛む。
転んだときに頭を打ってしまったのだろう。
「痛っ…」
傷を触ってしまい、痛みが身体を走る。
一週間以上昏睡状態にあったため、まだ頭が本調子でないようだ。
あの戦いの後から何があったのか、必死で記憶の糸をたどっていく。
だが、何も思い出せない。
魔獣と化したバッシュが暴れまわっていたこと。
その魔獣バッシュの攻撃を防いだことは覚えているが…
「ガ―レットさんに聞けば…」
そう呟くメリーラン。
しかしその部屋には誰もいない。
無理もない。
そもそも、この病院に彼女を運んだのはアリスとシルヴィだ。
ガ―レットはさっさとあの場から逃げてしまった。
もっとも、メリーランはそんな事情自体知らないが。
部屋を軽く見まわすと、今日の日付が書かれた問診票があった。
「一週間…そんなに…」
思ったより魔力の消費が激しかったのか。
精神的なショックが大きかったのか。
ここ最近、暴漢に襲われたりと肉体的な疲労も大きかった。
それらが積み重なって一週間も倒れたままになってしまったのだろう。
そんな時、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは一人の看護婦だった。
その手にはお盆が握られている。
その上に乗せられているのは、温かいスープの入った皿だった。
横には小さなパンもある。
「メリーランさん、起きられたんですね」
「はい…」
「もうすぐ食事の時間なので、良かったら食べてください」
黙って頷くメリーラン。
そう言い残し、看護婦は部屋を出て行った。
残されたメリーランは、とりあえず食事を食べることにした。
「いただきます…」
スープを一口飲む。
優しい味が口に広がり、体が温まる。
そのまま二口、三口と飲み続ける。
「美味しい…」
思わず感想が漏れる。
実に、約一週間ぶりの食事だ。
患者用の薄味のスープ、薄く切られたパン。
それがとてもおいしく感じられた。
「ごちそうさまでした」
数分後、完食するメリーラン。
その体は満たされていたが、心は満たされていない。
この場には彼女にとって『大切な人』がいない。
今、彼は何をしているだろうか。
「早く退院したいけど、しばらくは無理かな…」
窓の外を飛ぶ鳥を見ながら、メリーランは呟いた。
その目には焦りの色が見える。
だが、仕方の無いことだ。
彼の体には深い傷が残っている。
それを治療するには、しばらく時間がかかるだろう。
「ふう…」
改めてベッドに身体を預けるメリーラン。
こんなにゆっくりとしたのはいつぶりだろうか。
少なくとも、最近はこんなにのんびりした時間はなかった気がする。
「リオン…」
メリーランが最後に見た光景は、彼がバッシュと戦う姿だ。
正直、その後どうなったか分からない。
無事に生き残ってくれていることを願うばかりだ。
「でも、どうしてあんなに強いんだろう…」
ふと、疑問を抱くメリーラン。
今まであまり気にしなかったが、どうして強いのだろう。
魔法の才能があるとは思っていたが、あれほど強かったなんて。
「仲間…?」
ふと、そんな考えが浮かぶ。
強い絆で結ばれた仲間たちが支えているから彼は強いのか…?
しかし自分たちは違う。
ガ―レットと自分たちは確かに仲間ではある。
しかしそれ以上でもそれ以下でもない。
「違う…」
自分に言い聞かせるように呟くメリーラン。
しかし自分とガ―レットの間には確かな壁を感じる。
昔は違った。
けど今は…
「私は、どうすればいいんだろう」
これから自分は彼にどんな顔をして会えばいいのか。
そもそも、もう一度会うことができるのか…?
メリーランは答えのない自問を繰り返した。
「あのころに戻りたい」
無意識のうちに口から言葉が出る。
だが、それは叶わない願いだ。
彼女は気付いていない。
自分が一番戻りたいと願っているのは、昔の日々だという事に。
どこで間違ってしまったのか。
彼の言うことは可能な限りきいて来た。なのに、どうしてこうなってしまったのだろうか…
メリーランの瞳から涙がこぼれた。
「ううっ…」
嗚咽を漏らす。
そのまま泣き続けた。
そして、彼女の意識は再び闇に落ちていった。
そんな中、彼女が見たのは幼い頃の自分の夢だった。
小さなメリーランの手を引く少年がいた。
名前はガ―レット。
メリーランの幼馴染である。
二人は森で遊んでいた。
あの日はいつもより遠くまで来ていた。
そこでメリーランは花を見つけた。
嬉しそうにその花を見せるメリーラン。
だが、メリーランは知らなかった。
その花が危険な毒草だということを。
無邪気にもメリーランはその花を摘んでしまった。
ガ―レットはそのメリーランの手を跳ね除けた。
飛び散る花。呆然とするメリーラン。
そんな彼女に対しガ―レットは怒鳴った。
その声を聞き、メリーランは我に返った。
しかし何故、彼が怒鳴っているのか、その場では分からなかった。
彼がなぜ怒ったのか、その理由を知ったのは後日。
その花が実は毒草だった、ということを知った時だった…
そこでメリーランは目を覚ました。
日は既に落ち、部屋は真っ暗になっている。
どうやら寝てしまっていたらしい。
頬には乾いた涙の跡があった。
「リオン…」
寝る前もそうだった。
何故か彼のことが
頭から離れない。
会いたい。そう思う気持ちが強くなっていく。
「ダメだよ、私…」
このままだと、本当におかしくなりそうだ。
そう思い、無理やりにでも眠りにつこうとする。
しかし眠れない。
眠ろうとすればするほど、彼のことを思い出す。
「なんで…」
思わず呟くメリーラン。
彼はガ―レットにとっての敵だ。
倒すべき相手だ。
なのにどうしてこんなにも彼に会いたいという感情が大きくなるのか…
その時、部屋の扉がノックされた。
その音を聞いてメリーランの心臓が大きく脈打つ。
まさか、『彼』が来たのだろうか?
期待するな、と思いながらもどこかで期待してしまう自分がいる。
「は、はい!」
慌てて返事をするメリーラン。
その声は上ずっていた。
ガチャリと音が鳴り、ゆっくりとドアが開かれる。
そこには一人の女の姿があった。
「あ、すみません、間違えました…」
女はそう言って謝りながら去っていった。
別の部屋の患者だったらしい。
「ふう…」
メリーランは安堵のため息をつく。
「よかった…」
正直、今の自分はとても見せられない姿だ。
髪はボサボサだし、目元には隈がある。
こんな姿を異性に見られてたら恥ずかしくて死ねるかもしれない。
「やっぱり早く退院しないと」
そう呟きつつ、再びベッドに横になる。
早く退院したい。
それが今、メリーランが抱いている唯一の望みだ。
だが、それは叶わぬ願いだ。
彼女の怪我はまだ治っていない。
少なくともあと数日はこの病院で過ごすことになるだろう。
「早く…会いたいよ…」
メリーランは静かに目を閉じた。
その脳裏に浮かぶのは、ガ―レットか、リオンか…
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