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次の日、私たちはクレントスを目指して歩いていた。
今まで散々な目には遭ってきたが、三人とも無事に生きている。
ルークの呪いも解けたし、私の錬金術も復活した。さらに、新しい力も手に入れている――
……そして、ここ数日でいろいろと吹っ切れた。
感覚が麻痺しているのかもしれない。
でも、王都から逃げ出して以来、今が一番まともな精神状態な気がする……。
「――アイナさんはやっぱり、いつもの服が似合いますね!」
ふと、エミリアさんが嬉しそうに声を掛けてきた。
私は変装を完全に解いていた。……逃げも隠れもしない、という気持ちの現れだ。
ルークも私に倣っていたが、エミリアさんは元の服――ルーンセラフィス教の法衣には着替えようとしなかった。
昨日の昼、私が泣かせてしまったときに……きっと、決別することを選択したのだろう。
……それはとても申し訳が無かった。
しかし、ここでそれを顔に出すわけにはいかない……。
「ありがとうございます。私はやっぱり、これですよね!」
「はい♪」
……今までにない雰囲気で、私たちは和気あいあいと道を進めていく。
弓星イライアスの遠距離からの襲撃は怖いものの、今は見通しも良いし、ひとまずその心配は無さそうだった。
しかし――
「……アイナ様、向こうから馬車がやってきます。
どうやら王国軍のようですが、いかがいたしますか?」
ルークの視線の先を見てみれば、確かに一台の馬車がこちらに走ってきていた。
王国軍のものかはよく見えないけど……いや、ルークは良くあんなのが見えるなぁ。
「まぁ、このままで良いんじゃない?
ちょっかい出されたら、馬車を頂いちゃう?」
「ははは、それは良い考えですね」
「そうしましょう!」
……何だかもう、私たちはアウトローの集団だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、お前ら! こんなところで何をしている!」
馬車が私たちの近くまで来ると、御者台の兵士が高圧的に言ってきた。
……いやいや、突然何でそんな言い方なんですか。
「私たちは旅の者です。
今はクレントスに向かっているのですが」
「クレントス? 今、あの街は危険だぞ!?
……もしかしてお前ら、反王政に|与《くみ》する者か……!?」
御者台の兵士が合図をすると、馬車の中から一人の兵士が降りてきた。
「すまんが、身分証を出してもらおう。
この辺りには、要注意人物がたくさん往来しているのでな」
「ご苦労様です。
身分証は何でもよろしいですか?」
そう言いながら、私は自分のカードをその兵士に手渡した。
「うん? 何だ、このカードは――
……ぷっ、プラチナカード!?」
兵士はカードを見たあと、私の顔を見て、そして再度カードを見直した。
「な、名前は……!!
アイナ・バートランド・クリスティア――!!?」
その言葉を受けて、馬車から兵士たちが全員降りてきた。
全員合わせて7人――
「……何か問題でもありましたか?」
「あ、当たり前だ!! お前は指名手配されている!!
知らんとは言わさんぞ!?」
一人の兵士がそう叫ぶと、兵士たちは全員剣を抜いた。
「あなたたちこそ、知らないんですか?
……『世界の声』は聞こえましたよね?」
「ぐっ……!?」
「神剣カルタペズラは私が消滅させました。
どういうことだか分かりますか? 英雄ディートヘルムを倒したということです。
それに――」
私が軽く合図をすると、ルークは鞘から神剣アゼルラディアを抜き放った。
ルークはそれを兵士たちに見せつけるように、静かに構えを取る。
「――神剣アゼルラディア。
これのことも、きっと聞いているでしょう?」
「ぐぐ……ぐ……!
しかし、お前たちを放っておくわけにはいかんのだ……ッ!!」
そう言うと、2人の兵士が突然斬り掛かってきた。
……が、あっさりとルークの剣撃で倒されてしまう。
残りの5人の兵士はと言うと……一目散に逃げていた。
「――あれ? 逃げちゃった」
「まぁ、そんなものでしょう。
階級は知りませんが、しょせんは兵士ですからね」
ふむ、そんなものなのか……。
王様に仕えていた近衛騎士たちとは、まるで忠誠心が違うというか……。
――いや、そう考えるのであれば、斬り掛かってきた2人の兵士は立派だということになるのかな?
ルークはそのまま馬車に乗り込むと、いろいろな荷物をポイポイと外に投げ出し始めた。
事前に話していたとはいえ、馬車を奪う気が満々だ。
「……う……、うぐ……?」
ふと、後ろから低い声がした。
どうやら兵士の一人が目を覚ましてしまったようだ。
斬ったとはいえ……ルークは『斬撃力変化』の効果で、攻撃の威力は落としていた。
無駄な殺生をしないために、今さらではあるが良い効果を付けたものだ。
「大丈夫ですか?
申し訳ありませんが、馬車は頂きます。私たち、弓星に馬車をダメにされてしまったので」
「な、何……? 弓星様とも戦ったのか……!?」
その兵士は、声を震わせながら言った。
弓星は英雄よりも格下ではあるが、ここにきてようやく私たちの強さが伝わってきたのだろう。
「安心してください。弓星はまだ生きています。
でも、呪星は殺しました。たくさんの兵士たちと一緒に。
ディートヘルムは逃がしてあげました。神器も持たない英雄なんて、大したことありませんから」
「ッ!?」
私は兵士の顔を見ながら、優しく話し掛けてあげた。
しかし、兵士は徐々に私から目を逸らすようになってしまった。
「私はアイナ。アイナ・バートランド・クリスティア。
これからは『神器の魔女』とでも呼んでください。仲間の方にも、是非伝えてあげてくださいね」
「魔女……。神器の――
――うぐっ!?」
兵士は言葉の途中で、空気を読んだルークによって改めて気絶させられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけで、無事に馬車をゲット~♪」
「やりましたね!」
「なかなかの馬車です」
重苦しい雰囲気を纏っているものの、良い感じの馬車を手に入れることができた。
ただ、端から見れば王国軍の馬車のわけだから……これからは変な目で見られることになりそうだ。
……でもまぁ、それはそれで良いか。
見られるだけなら何も不都合は無いし、襲撃されれば追い払うだけだし。
それよりも今は、さっさとクレントスに向かうことに注力しよう。
この馬車は作りが頑丈そうだから、弓星の襲撃があっても致命的なことにはならないだろう。
……久々に、ゆったりとした馬車の旅ができそうだ。
「それにしても、何だか本当にいろいろと吹っ切れた気がします」
「あはは。それこそ本当に、いろいろありましたからね!」
私は馬車の中で、エミリアさんにそんなことを話し掛けた。
彼女も彼女で、それは同感のようだった。
――気が付くと私は、自分の前の何も無いスペースを眺めていた。
何となく不思議に思ってエミリアさんを見てみると、彼女もやはり同じ場所を眺めていた。
……ああ、そうか。
そこはリリーの定位置だ。
今、私たちはようやく前を向いて歩き始めようとしている。
もう少し、もう少しだけ生き延びていられれば、リリーも一緒だったはずなのに……。
そう考えると、胸が強く締め付けられた。
命はやり直しが効かないとはいえ、『たられば』の話はあり得ないとはいえ――
……やっぱりこう、感情にくるものがあった。