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「……分かりました、とりあえず上がって下さい。話は部屋で伺いますから」
「そうか? いやぁ、悪いな」
部屋へ上がるよう促すと、待ってましたと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべ、言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく部屋へ入って行く。
「あなた、名前は?」
「遠野 尚」
何のもてなしもしないのは流石に失礼かと思い、コーヒーを淹れながら彼女の素性を聞いてみる。
「尚さんね。お住いは?」
「ん? まぁ……ここから少し離れたところ」
「……歳は?」
「二十二」
住まいに関しては何だか少し曖昧で怪しげだけど、そこはまぁ置いておくとしよう。
年齢を聞くと、どうやら私より二つ年上ということが分かった。
彼女――尚さんはまるで自分の家かのようにリビングのソファーに座って寛ぎながら、私の質問に答えていく。
「――それで、芝田さんをアテにして来たって言ってましたけど、知り合いなら連絡先分かりますよね? 連絡を取ってみればいいじゃないですか」
「そりゃそうだが、アメリカにいんだろ? ここに居ないんじゃ意味ねぇんだよ」
「どうして?」
「それは……お前に話す必要ねぇと思う」
「……そ、そうですか」
確かに、私情に口を挟むのは良くないかもしれないけど、見ず知らずの人の部屋に半ば強引に上がり込んで来たくせに、なんて言い草だろう。
(もう少し言い方があると思うんだけど……)
「そもそも……私があなたの話を聞いて、どうすればいいんですか?」
芝田さんの知り合いとは言え私からすれば父の知り合いというだけで芝田さんとの関わりもない上に、何だか要領得ない話ばかりで尋ねて来た理由とか困っている事情も話してくれないくせに、私にどうしろと言うのだろう。
それに、見ず知らずの私に頼るくらいなら、いっそ他の知り合いを当たればいいのではないかとさえ思うのだけど、それも何か事情があるのだろうか。
「うーん、それなんだけど……」
私の質問に何故か尚さんは言い淀む。
よほど言いづらいことなのだろうか。
(まさか、お金を貸して欲しい……とか?)
話を聞くとは言ったけれど、よくよく考えてみると、万が一金銭的な頼み事などされては困る。
やはりここは適当に話を切り上げて帰ってもらうのが一番な気がして、招き入れたことを心底後悔した。
「あの、芝田さんじゃなくても大丈夫なら、他の知り合いを当たればいいんじゃないですか?」
「いや、それはそうなんだけど、理由あって他の知り合いには頼めねぇ。唯一頼れるのが芝田だったんだ……」
言い終えた尚さんはがっくりと肩を落とすけれど、彼女の話は何だか矛盾している気がする。
「あの……どうして知り合いには頼めないのに、見ず知らずの私なら大丈夫なんですか?」
「都合が良いからだよ」
「はあ!?」
『都合が良いから』という言葉には、流石の私も頭に来てしまい、つい大きな声を出してしまった。
「それって流石に酷くないですか!? 都合が良いなんて」
「何でそんな怒るんだよ?」
「そりゃ怒るでしょ! 都合良いなんて言われて喜ぶ人はいないし! 何か使われてるみたいで……」
「ああ、言い方が悪かったのか。別に使えるとかそういう風に思ってる訳じゃねぇから、そうカリカリすんなって」
怒りを見せる私をよそに何だか一人で納得しているけど、私が言いたいのはそういうことではない。
「いや、そういうことじゃなくて――」
「そうだ、お前の名前は?」
そんな中、尚さんは私の言葉を無視して名前を聞いてくる。
「……葉月 夏子」
「カコ? どーいう字?」
「『夏』に子供の『子』で夏子よ」
「ふーん」
しかも、自分から聞いておいて興味なさげな反応は何だろう。
やっぱりこの人、すごく失礼だ。何だかもう、この人と話しているとものすごく疲れてくる。
これ以上は付き合いきれないというか正直関わりたくもないので、さっさと話を終わらせて帰ってもらうと口を開きかけた、その時、
「で、話戻すけど……夏子、折り入って頼みがある」
先に口を開いた尚さんの表情が急に真面目な顔つきになると、真っ直ぐ私を見据え、
「暫くここに置いてほしい」
耳を疑う言葉を口にした。