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「それじゃあ八木さん、後で来ます」
ロープで縛り付けた八木に言葉を送ったのは赤沼だけ。八木は錯乱状態になっていたため、赤沼の言葉は耳に入っていなかった。解錠された扉は重く、竹之内と赤沼が協力してようやく開かれた。
「……広いな」
竹之内がそう呟いた通り、扉の先は大型の船内レストラン。先程までの細長い廊下とは対照的に開放感がある。行動できる範囲はかなり広くなったと見て取れた。だが埃とゴミまみれ。食料には期待できない。
『次のゲームは20分後に開始される。それまでこの部屋から出てはいけない』
イヤホンからご丁寧に説明がなされた。休憩の時間が与えられる。
「汚いね。食べるもの探す?」
厨房に向かった高浪は冷蔵庫が稼働している事に気がついた。中身を確認するとピカピカに掃除がされているうえ、安価な冷凍食品も詰め込まれていた。
「親切に電子レンジも隣にある」
冷蔵庫は既存のものを手入れしていたようだが、電子レンジは新しく用意したものだと分かるほどに傷や汚れも一つとしてない。
「とりあえず腹ごしらえしない? 結構お腹すいてたし」
拒否する者はいない。現在の時刻も把握出来ていなかったが、四人仲良くテーブルを囲んで食事を摂る事となった。高浪と赤沼が隣同士、向かいに竹之内と水谷だ。パッケージを見ずに適当に取り出した冷凍食品は全てが炒飯。電子レンジ調理をした後、切り取り線にそって袋を切る事で包装がそのまま皿として利用できるもの。
「これ結構おいしいね悟くん」
「僕にとっては飽きるほど食べた味です。家族は僕に料理を作ってくれなかったので……簡単に食べられるこれはよくお世話になってました」
スプーンも綺麗に洗われていた。きちんと休息の場所を用意してくれている親切さは逆に怖い。竹之内と水谷は隣同士であったが会話は全くない。相性が悪かった。頻繁に発言していた八木がいなくなった事で高浪が主導権を握る。
「外の様子が見れる窓は鉄板が打ち付けられてて見えないね。時計もないし。感覚狂いそう、というかもう狂ってるか」
「……僕達の様子は、誰かに見られてるんですよね」
「そうだろうね。ゲームクリアのタイミングでちゃんと鍵は開いたし、ずっと監視されてると思う」
「金持ちの道楽にでも扱われてるんでしょうか」
「人の生き死にでギャンブル的なものを? ありがちだけど、これは本当にそうかな〜?」
お喋りをしながらの食事でも、最も早く食べ終わったのは高浪だった。ペースが一番遅いのは水谷。口が小さいためひとくちで食べられる量が少ない。すると黙っていた竹之内が口を開いた。
「こんな大きい船を用意できるくらいだ。相応の財力はあるだろう……大金をかけてやることが死のゲームとは、趣味が悪い」
「タケさん、それ私達も人のこと言えないんじゃない? お金使って犯罪重ねてるじゃん私達」
指が暇になった高浪はスプーンをクルクルと回して遊び出す。彼女は常識と教養と限界と敗北を最低限しか知り得ていない。更には食べている途中の赤沼の炒飯にスプーンを突っ込み、勝手に食べた。
「何するんですか」
「飽きるほど食べた、って言ってたじゃん。私食べ足りないの」
「冷蔵庫にまだ何かあるでしょう。そちらをどうぞ」
「飽きてるものを引き受けてやったのに、ひどい……ひどいよ…………」
嘘泣きを始めた高浪。呆れて目を細めた赤沼はそれを見ながら炒飯を口に運ぶ。
「え〜私のことをおかずにしたらすっごいスピードで食べてるじゃん」
「貴女に横取りされたくないので」
「お姉さん悲しい。もっと親切に接してよー」
「嫌です。貴女よくそれでここまで生きてこれましたね」
「辛辣! まぁタケさんが居てくれたおかげだからね、私が生きてこれたのは」
それを聞いた赤沼の視線は竹之内に移った。高浪に向ける瞳とは違う、若干の嫉妬が籠った瞳で。その隙に高浪は再び赤沼の炒飯を食べ始めた。
「竹之内さん……貴方は高浪さんとはどんな関係で?」
「高浪、話してもいいか? お前の真実を」
「んー、いふぃよ」
「食べ終わってから声を出せ」
かつて竹之内は同い年の妻と、産まれたばかりの娘と共に過ごしていた。そんな彼らは自死を選んだ。一家心中。しかし竹之内は選べなかった。妻が娘を殺し、その後に妻が自殺。死という人にとって大き過ぎる恐怖を前に竹之内は足を踏み出せなかった。結果、“自殺幇助”の罪だけが彼の元に残る。
悪魔の子。母親の役割を演じる女は、竹之内に対して高浪をそう称した。その女は内藤 舞と名乗り、竹之内が経営するマンションに引っ越してきた時の挨拶に高浪を連れてきた。当時高浪は10歳。まだ小学生の子供を悪魔と呼ぶ内藤を、竹之内は怪しんだ。
「悪魔ですって? 何故そんな呼び方を」
「この子は私の言うことは何も聞かない、従わない……それどころか周りの大人が困るような事をずっと繰り返しているんです。悪魔だとしか言いようがないんです」
それだけで悪魔、と呼ぶ。竹之内の興味は増していった。内藤の頬や指には傷を隠すための絆創膏、肘には青アザ。
「何か、あるな」
竹之内は自分の部屋で家賃の集金確認をしながら、高浪に惹かれている事を自覚した。確実にあの子供の裏には闇があると確信。思い立ったら即行動、翌日の朝に内藤の部屋を訪ねた。
「おはようございます、なんの御用でしょうか」
「お子さんの高浪 麻白ちゃん……でしたよね。あの子について聞きたいことが」
あっさりと部屋に招き入れられた。引っ越してきたばかりなので散らかってはいない。窓の近くで寝転びながら教科書を捲る高浪は、入ってきた竹之内に気がつくとじっと見つめてきた。
「“悪魔の子”だとおっしゃっていましたが、ここに越してくる理由はもっと深いものがあるはずですよね。ここは、犯罪者が集うマンション」
不敵な笑みを浮かべる竹之内。彼が経営するこのマンションの住民は全てが犯罪者。内藤もまた、罪を背負う者。他の住民からのツテで内藤はここに入居してきた。彼女は詐欺グループの一員だという。
「子連れなんて、今まで一度たりともないんです。それに貴女の実の子ではない。ここで暮らすためには、もっと色んなことを説明してもらわなければ」
「っ……分かりました。“悪魔の子”というのは、建前なんです。正しくは“悪魔が産んだ子供”です。この子の実の親は、家庭を持ちながらも誘拐を働いていた、私から見ても極悪非道な犯罪者でした。身代金を要求するも、成功した事は一度もなく」
「日本では現在に至るまで、身代金目的の誘拐が成功した例はひとつもないですからね」
「えぇ。哀れに思った私が、この子を引き取ったんです」
「なるほど。育児に関しては私も未経験なので、アドバイスできることはありませんが、何か助けになれることがあれば喜んでやりますよ」
その日はそれで引き下がった。内藤の説明は納得ができるものではあったが、竹之内は疑いを持ち始めていた。
「本当に真実は内藤が言った通りなのか? あの高浪とかいう子供の眼……久々に、恐怖したな」
高浪が持っていた教科書の正体に気がついたのは部屋を出る時だった。中身が少しだけ見えた。教科書にカモフラージュされたノート。男女二人の遺体の写真が貼り付けられていた。竹之内がそれに目を奪われた事を内藤は気がつかなかったが、高浪ははっきりと竹之内の顔を睨んでいた。
「高浪 麻白……もう一度内藤の周辺を洗ってみるか」
内藤の入居を勧めてきた他の住民に話を聞いたが、既存の情報しか出てこなかった。好奇心が抑えられない竹之内は高浪の両親の元へ向かった。内藤から提供された資料の中に、高浪の以前の住所も記載してあった。古びたアパートに辿り着き、大家である初老の女性から話を聞けた。
「高浪さん? あぁ痛ましい事件だったねぇ」
「亡くなってる……んですか?」
「えぇ。何やら路上で襲われたらしくってねぇ〜子供だけが生き延びたって」
「な、なるほど……ありがとうございました」
竹之内の心臓は鼓動を早めていた。内藤からは高浪の両親が死んだなどという話は聞いていない。虚偽の情報を出してきた入居者は初めてだ。すぐさまマンションに戻り内藤の部屋のインターホンを鳴らす。応答はない。扉が少し開いている事に気がつく。
「お邪魔しますよ……?」
照明は点いていない。夕暮れだけが部屋を照らしていた。歩を進める竹之内の目に飛び込んできたのは、頭から血を流す内藤の死体目掛けて何度もジャンプし、踏みつける高浪の姿だった。
「道連れだなんて、逃げるのはやめてだなんて。ぼくを縛るのはやめてほしいよね。竹之内さん」
流石の竹之内も、まだ幼い子供がここまで残虐な犯行を重ねている事実には驚いていた。
「ぼくはね、縛られてると頭がいたくなるの。だけど他の人をこうやって、痛めつけると、えへへ。すっごくすっきりする」
「まさか、両親もお前が」
「おかーさんとおとーさん? うん。ぼくが殺した。だってずっと頭痛かったから。ぼくが虫さんとかをいじめて殺してすっきりしてたらね、それは間違ってるって言ってきてね。2人は誘拐したり、殺したりしてるのにね。ずるいよね。公園とかの外でやるようになってもね。それも見つかってね。閉じ込められちゃってね──限界だったの。痛くて。痛くて」
内藤の頭を連続で踏みつけながら高浪は。笑顔で話していた。自らよりも弱い存在をいじめ抜く事で得られる快感のみが、彼女の頭痛を抑えられる。彼女は正しく悪魔の子。過ごしてきた環境とは関係なく、生まれた時から頭の構造が他人と違っていた。自分本位で動くそんな彼女に、竹之内は可能性を見た。
「高浪。お前に提案がある」
「なぁに? 頭痛くなるならやだよ」
「お前の頭痛を抑える手助けをしてやろう」
竹之内にはとある野望があった。高浪ならば快く協力し、共に楽しめるだろうと感じ。高浪の父親代わりとなった。
幸い、高浪の頭痛は人を殺さずとも小動物や虫を殺す事でも抑え込める。出費は激しくなるが高浪を敵に回してしまえば命すら危ない。そして高浪は他人への観察眼を鍛える事になった。マンションの住民は全員が犯罪者のため、基本的には“大家の竹之内は信用しているが他の住民は信用しない”というスタンスの者が多い。本心を隠す人間が多い環境で高浪は育ち学んだ。高浪が成人してからは就職の手引きも竹之内が行った。
「私よりも小さい男の子……6歳から18歳までの男の子を誘拐したい」
そんなワガママを叶えるべく、誘拐経験のある住民の知識を借りて狙う人物、犯行場所、誘拐方法、逃走方法。実行するため色々な策を練りいざ迎えた本番。ショッピングモールにて迷子になった男児を見事誘拐する事に成功し、竹之内が運転する車に連れ込みその場を去った。助手席では高浪が珍しく喜んでいた。
「やった! やったねタケさん! わぁすっご。頭すっきりし過ぎでしょ……こんなに達成感あるのはじめて」
「喜ぶのは早い。これで身代金を手に入れ、人質を返し、逃げ切る。それが終わってから喜べ」
「はーい。まだまだ頑張らなきゃってコトね」
マンションにはあらゆる犯罪のノウハウが集まっていた。あっさりと身代金を受け取り、足取りを残さない逃走もこなせた。
「よくやった高浪。流石だな」
「本当はもっとあの子と楽しみたかったんだけど、しょうがない。女の子みたいな声出しててすっごく良かったんだよ?」
「……殺しの欲求が別の方法で満たされたことについては、良い面も悪い面もあるな」
「私はこれで良かったと思ってるよ?」
「そうだな。お前が良いなら、それで良いのかもしれん……ごほっ」
咳を抑えた右手が鮮血で染まる。彼の身体は病に蝕まれていた。他人にはおろか、高浪にさえもこの持病については話していない。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
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