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その時、頭上のスプリンクラーが勢いよく水を噴き出した。周りは騒然とし、パニック状態に陥った。久次郎たちや幹雄は逆方向に避難していった。
美晴はこの隙にと移動を始めようとしたところで、目の前の扉が開いた。
「こちらにお入りください」
突然見知らぬ女性に腕を掴まれ、問答無用で部屋に連れ込まれた。美晴は驚いたが背に腹は代えられない。黙って彼女の言う通りに従った。
「調査中に外をうろうろしてはいけません。マルタイ(対象者)に見つかるリスクが発生しますから」
目の前の女性は、笑みを浮かべながら美晴を部屋のソファーに座らせた。彼女は高級感のある黒のスーツに身を包み、赤いルージュをひと塗り。鋭い瞳と漆黒の髪色でショートカットが印象的。それが知的でクール、彼女の聡明さを際立たせていた。
美晴は困惑したまま、彼女を見つめた。
「あ…あなたはいったい…?」
「失礼、自己紹介が遅れました。私は”アズミ”。アプリの者と言えばわかりますか?」
「復讐アプリの――!!」
美晴は驚きの声を上げた。
「しー。声が大きいです」
長い指を唇に当て、密やかに話すように言われた。
すみません、と一言謝り、美晴はアズミと名乗った女性に尋ねた。「どうして私のことをご存じなのですか?」
アズミは美晴の方へと歩み寄り、隣に腰を下ろした。
「あなたが不倫調査をしていること、それにあなたの夫のこと、全部知っています。アプリを通じて見ていましたから」
衝撃の言葉だった。見ていた、とはいったいどういうことだろうか?
「見て……いた、のですか?」
言葉に詰まりながらも美晴は尋ねた。どんな回答を寄こしてくるのだろうか。
「ええ。本来、私たちは正体を明かすことはしません。でも、このままではあなたが相原もしくはご主人に見つかってしまうという、最悪な展開になっていたでしょう。見張りの私もボスに怒られてしまいます。なので、急遽作戦を変更しました。相手にバレるよりは良いかと思いまして。スプリンクラーの誤作動を起こさせ、あなたを救出しました」
話がさっぱり見えない。
「アズミさん。あの、復讐アプリってAIがやっているのでは、ないのですか……?」
「いいえ。あれば全て人の手でおこなわれています。AIではありません」
「人の手……!」
またしても衝撃の事実。AIが回答しているのだと思っていた美晴は驚いた。
今、流行りのチャットに打ち込めば的確で素早い回答をくれるものだったから。
「私たち復讐アプリは、サレ妻・虐げられ妻たちの集まりなのです。ボスがこの運営会社を立ち上げ、一人でも多くの女性を助け、サポートする目的でアプリを作ったのです」
「そうだったのですね」
「私たちは表舞台には立ちません。全て裏方の人間です。あなたの前に姿を現すつもりはありませんでした。ただし、最後までサポートするためにこの場であなたを見ていました」
失態を犯して咎められると思い、不安そうな顔を見せた美晴に対して、アズミはにっこり笑ってくれた。
「美晴さん。あなたはとても頑張りましたね。あと少しで多くの証拠を掴み、クズたちと決別できるところまで来たのです。それなのにうっかりミスで台無しにはできませんから」
「そうだったのですね。ありがとうございます…」
頑張ったという言葉――美晴にとって最高の誉め言葉であり、十分、涙腺を刺激する材料になってしまった。涙が溢れ出す。